玄関 山之口貘
玄関
呼び鈴の音にうなされて
あわてて玄関に出てみると
あるばいとなんですがと云うわけなのだ
まあ間に合っていますと断わると
ひとつでもいいんですが
買って下さいなのだ
またにして下さいと尻込みすると
見るだけだって
見て下さいなのだが
お金がないのでは見るのもいやなので
首を横にうち振ったのだ
かれは風呂敷包を小脇にかかえなおして
玄関を見廻していたのだが
こんな檜づくりの大きな家に住んでいて
ひとつぽっちも買わないなんて法が
あるもんですかと吐き出したのだ
いかにもぼくの家みたいで
まるでもっての外みたいだ
[やぶちゃん注:【2014年7月3日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証済。初出注を追加した。】初出は昭和三〇(一九五五)年八月十七日附『東京新聞』。]