中島敦 南洋日記 一月三十日
一月三十日(金) ガトキップ
天氣良くなる。八時半出發。道はあまり良からず、道は直ぐ瑞穗村に入る。所々の農家。舟附着場。農事組合販賣所でジャムを買ふ。軍艦遠望。十時半頃ガトキップ着。ウルデケルの家に入る。晝食、休憩、火で、濡れたものを乾かす。夕方散歩。岩山マングローブ。放送局。ングルサル部落、アバイの中の二匹の山羊。ウカルの樹。水源地。洗身場。歸つて夕食。肉ひきにてひきたるタピオカのみにして、オドイム無きに閉口す。食後 の家に移り、此處に泊ることとす。新築の家なり。色極めて黑き漢あり。肺病らし。ランプの光の下にて娘等トランプをして遊ぶ。一少年あり、容貌日本人の如し。ヨシノといふ。マンゴーを喰ふ。外は月明。醉拂ひの聲。土方氏は近くの老人の所へ、昔の藥研を買ひに行く。夜具無しにて板の間に寐る。夜半過まで誰か彼かゴトゴト音を出てゝ出入す。月の明るに乘じ宵よりピスカンを持ちて海に出でたりし、 の弟は曉方三時半頃歸り來る。眠る能はず。一時過に、之から身體を洗ふ故シャボンを借してくれなどと云ふ者あり。
[やぶちゃん注:「ウカルの樹」ネット検索の結果では現在、パラオで“Ukall”と呼ばれる、Serianthes kanehirae という建材の用途がある樹木と同定出来る。これはネムノキ科 Mimosaceae でMimosoideae 亜科に属する植物あるが、それ以上は分からない。ただ、種小名は如何にも日本人ぽいのが気になる。識者の御教授を乞うものである。
「オドイム」パラオで主食に対するおかずのことをいう語。都留文科大学文学部比較文化学科公式サイト内の大森一輝先生の『パラオにおける「日本」と「アメリカ」と「自立」』の「パラオ国立博物館」の記載に『パラオ社会では、男性が海に出て漁をし、女性が畑に出て作物(タロイモやタピオカなど)を作るという役割があった。男性が担うおかずを「オドイム」、女性が担う主食を「オングラオル」と呼ぶ』とある。
「食後 の家に移り」「 の弟」の二ヶ所の三字分の空白はママ。失念した当家主人の現地人の名を後から入れることを期した意識的欠字か。]
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