飯田蛇笏 靈芝 昭和九年(百七句) Ⅳ
大乳房たぷたぷ垂れて蠶飼かな
貧農は彌陀にすがりて韮摘めり
虎杖に樋の水はやし雨の中
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「虎杖」は「いたどり」(タデ目タデ科ソバカズラ属イタドリ
Fallopia japonica )である。イタドリは生薬名を「虎杖根(こじょうこん)」と称し(それが当て字の漢名の由来)、利尿や生理不順に効果があるとされ、また若芽を揉んで傷口に塗付すると痛みを和らげる効果があることから、和名イタドリとは「痛み取り」の転訛したものとされる(因みに私は昔から「スッカンポ」と呼んでいて、今でもアリスの散歩の途中で見かけると時々齧る)。]
さきがけて蕗咲く溪の谺かな
溪流夜振
歩み去りあゆみとゞまる夜の蟹
[やぶちゃん注:「夜振」は「よぶり」と読み、夜、カンテラや松明を燈してそれに寄ってくる魚などを網やヤスで採る川漁の一種。集魚灯を燈す海漁のそれは「夜焚」(「よだき」「よたき」)とすることが多い。孰れも夏の季語。因みにここに出る「蟹」は、まず多くの人は軟甲綱真軟甲亜綱ホンエビ上目十脚(エビ)目抱卵(エビ)亜目短尾(カニ)下目サワガニ上科サワガニ科サワガニ
Geothelphusa dehaani をイメージするとは思う。夜行性であり、前書の「溪流」とあるのにも最もマッチし、「歩み去りあゆみとゞまる」というのも湿った渓流の河岸川上の岩蔭を背景とし、赤や青の甲羅の色も闇に点ずるそれとしても効果的である。但し、私は一読した際、「歩み去りあゆみとゞまる」という動きにもっと大きな蟹の水中での動きをイメージした。即ち、短尾(カニ)下目イワガニ科モクズガニ
Eriocheir japonica である。「溪流」で蛇笏のいる甲府でモクズガニはとおっしゃる方のために、「長野県水産試験場」公式サイト内の「信州の魚たち」の「諏訪湖のカニ」の「モクズガニ」の項に『全国的に分布し、普段は川の上流にすんでいますが、河口付近で産卵するために海に下ります。海で育った子ガニは川をさかのぼり、かなりの上流にまですみついています。松本や甲府などでも捕獲の記録があります。最近、富士川水系の釜無川上流で小学生に見つけられ』ているとあることを附記しておく。これがモクズガニでしかも甲府の景であったとしても何ら問題はないということである。]
« 現実とは | トップページ | 桃の木 山之口貘 »

