その畠 山之口貘
その畠
往きも還りも
その畠のまえを通るのだ
夕方などそこにさしかかると
杉木立の影がさしていたりした
ある日その畠のために
ひともんちゃくが起きてもつれ合い
片方はその畠を返せと怒鳴るが
片方はその畠を返すまいとがんばった
その後その畠を見るたんびに
杉木立の影のほかにも
改正農地法の影など映ったりした
[やぶちゃん注:【2014年7月12日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証した際、ミス・タイプを発見、本文を訂正、さらに注も改稿・増補した。】初出は昭和二六(一九五一)年二月発行の『地上』。「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」では最後に句点があるが、旧全集にはない。新全集に従う。「改正農地法」はこの翌年に施行された(法令番号昭和二十七年七月十五日法律第二百二十九号)農地法のことであろう。例えばウィキの「農地法」の解説の「農地又は採草放牧地の貸借」の項によれば、農地に対しては『民法等の規定に修正が加えられて』おり、『賃貸借の期間は民法では20年以内とされているところ、農地法では50年以内とされ』、『契約期間の定めがある場合について、期間満了の際はその1年前から6ヵ月前までに相手方に対して更新をしない旨の通知をしないときは、従前の賃貸借と同一の条件で更新したものとみなされる。更新について賃借人に不利な特約は、定めなかったものとみなされる』といった記載を見出せる。
本詩は明らかに、「鮪に鰯」の編纂原稿にありながら採用されなかった詩篇「東の家と西の家」(初出は昭和二八(一九五三)年六月号『新潮』)の短縮形である。バクさんは、こちらを採った故にあの実に遙かにリアルで分かり易い「東の家と西の家」を没にしたもののように私には見受けられる。本詩は「東の家と西の家」を無理矢理、削ぎに削いで枯木のようにしてしまい、今一つ面白くなくなってしまったように私には思われ(こんなに短いのに一読忘れてしまうのである)、それにつけても「東の家と西の家」を捨てたのは実に惜しいと思うのである。]