弁当 山之口貘
弁当
改札口の行列のなかにしゃがんでいて
弁当ひらいている眼の前に
青んぶくれの顔が立ち止まった
ごはんの粒々にくるまった
一本の薩摩芋を彼にあたえて
食べかけているところへまた立ち止まった
戦災孤児か欠食児童なのか
霜降りの服のがふたりなのだ
一本づつあたえるとひったくるようにして埃のなかへ消え失せた
食べかけるとまた止まった
青んぶくれの先程のだが
見合わせたはずみに目礼を落してそのまま彼はそれてしまった
そこで僕はいそいで
残りのものを食べおわった
思えばたがいに素直すぎて
みすぼらしくなったのか
敗戦国の弁当そのものが
ありのままでも食い足りないのだが
[やぶちゃん注:初出は昭和二二(一九四七)年七月号『八雲』(発行所は東京都文京区森川町「八雲書店」)。松下博文氏の「稿本・山之口貘書誌(詩/短歌)」のデータには草稿題には「辨当」若しくは「(無題)」とあるとする。
「霜降りの服」霜の降りたような白い斑点のある模様。特に織物で白い繊維と色繊維を混紡した糸を用いて織ったものをいう。これは戦中に用いられた学生服ではないかと思われる。「大正・昭和の部屋」の掲示板に、戦中に小学生であったと思われる方の書き込みに、『梅雨明け頃に衣替えが、有りまして紺サージから霜降りの服に着替えました』とある。]