影 山之口貘
影
泡盛屋に来て
泡盛を前にしているところを
うしろからぽんと
肩をたたかれた
ふりむいてみるとまたかれなのだが
いつぞや駅前のひろばで
ぽんと肩をたたいたのもかれ
満員電車の吊皮の下で
ぽんと肩をたたいたのもかれで
乗ったり歩いたり飲んだりも
うっかりは出来なくなってしまったのだ
かれはいつでもぼくのことを
うしろからばかり狙って来て
ぽんと肩をたたいては
ひとなつっこそうなまなざしをして
このあいだのあの金
いつ返すんだいとくるのだ
[やぶちゃん注:【2014年7月7日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証済。初出注を追加した。】初出は昭和二七(一九五二)年九月発行の『列島』第三号。松下氏のデータによれば、この雑誌は神田区神保町の知加書房の発行していた雑誌である。]