立札 山之口貘
立札
かれらはみんな
ひそんでいたのだ
蟻だの蠅だの毛虫だの
蜘蛛だの蛇だの蛙だのとそれぞれが任意の場所に身を構えて
いっせいに季節を呼び合っているのだ
義兄がそろそろまたはじまった
鉢巻をして手製の銛を提げて
うえの畑へと出かけるようになった
今年はまだ一匹も
銛にやられた奴を見ないが
土龍のやろうはすでにうえの畑を荒しているというのだ
いよいよここらで世の中も
暑くなるばかりになったのか
かれらはみんな
ひそんでいたのだが
緑を慕ってさかんにいろんな姿を地上に現わして来たのだ
隣りの村ではもうその部落の入口に
夏むきなのを一本
おっ立てた
村内の協議に依りとあって
物貰いと
押売りなどの立入りを
お断り致しますとあるのだ
[やぶちゃん注:【2014年7月22日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証した際、ミス・タイプを発見、本文を訂正、さらに注を改稿した。】思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」は本篇では清書原稿を底本とするが、そこでは旧全集で「蝿」とあるのが「蠅」、「土竜」とあるのが「土龍」で、私の好みからこちらの表記を援用した。初出は昭和二三(一九四八)年八月発行の『人間喜劇』(発行所は東京都中央区銀座「イブニングスター社」。「Webcut Plus」のこちらのデータで同誌の概要を垣間見ることが出来る)。新全集の松下博文氏の解題によれば、掲載誌の標題は「農村風景 立札」とあり、また同氏の「稿本・山之口貘書誌(詩/短歌)」のデータには詩題について『「農村風景 立札」改題(飯沼村)』とあることから、昭和一九(一九四四)年十二月に疎開した妻静江さんの実家は茨城県東茨城郡茨城町飯沼であったものと思われる(全集年譜には茨城としか現れない)。但し、この詩の発表時の前月である昭和二十三年七月に、詩人として身を立てる決心をしたバクさんは、凡そ三年半いたそこから練馬貫井町に転居したことは既に述べた通りである。]