橋本多佳子句集「信濃」 昭和十九年 Ⅱ 鈴鹿に堀内三郎を送る
鈴鹿に堀内三郎を送る 二句
雪嶺を空にし人はあひわかる
うしろより肩かけうけてわかるる刻
[やぶちゃん注:「堀内三郎」次女国子の婚約者。年譜によれば、堀内はこの昭和十九年冬に学徒動員によって三重県の鈴鹿航空隊に入隊していた。彼を多佳子は国子とともにその直後に訪ねている(当時国子二十三歳、多佳子四十五歳)。同年譜同年末の記載によれば、『終戦後、内地帰還の途次遭難。多佳子、国子に悲しみの日がつづく』とあって堀内は復員途中で行方不明(推定死亡?)となったものと思われる(後、年譜昭和二十二年六月の項に『次女国子は、小布施大三郎と結婚、多佳子安堵する』とある)。]

