萩原朔太郎「ソライロノハナ」より「午後」(7) たそがれ Ⅳ
遠方(おちかた)へ行くてふ滊車の小窓より
あるとき見たる石楠(しやくなぎ)の花
[やぶちゃん注:「おちかた」はママ。]
さ霧(ぎり)たつ妻込山の鷄鳴に
ほの白々とあくる東雲(しのゝめ)
[やぶちゃん注:「妻込山」は校訂本文では「妻籠山」に訂されてある。長野県木曽郡南木曽町吾妻にある妻籠城址は別名妻籠山と呼ばれている。知られた妻籠宿の直近にある。ここか。]
くろがねの扉を固く閉す君
門の柱にすゝり泣くわれ
しかれども君てふものゝあることを
知らで過ぎたる十九またよし
遠方の村の白壁二三點
白々かなしく光る十月
[やぶちゃん注:原本は下句「白々なかしく光る十月」であるが、意味不明。校訂本文通り、「かなしく」の誤字と断じて訂した。]
町内の屋臺をひきし赤だすき
十四の夏が戀の幕あき
[やぶちゃん注:この一首は朔太郎満二十四歳の時の、『スバル』第三年第三号(明治四四(一九〇三)年三月発行)に掲載された
町内の屋臺を引きし赤だすき十四の夏が戀の幕あき
の表記違いの相同歌。]
河岸藏のかの白壁ぞ戀しけれ
戀の手習いろいろのこと
さくさくと靴音させて中隊の
すぎたるあとに吹く秋の風
[やぶちゃん注:この一首は、朔太郎満二十六歳の時の、大正二(一九一三)年十月十一日附『上毛新聞』に掲載された、
さくさくと靴音(くつおと)させて中隊(ちゆうたい)のすぎたるあとに吹(ふく)く秋(あき)の風(かぜ)
の表記違いの相同歌。]