橋本多佳子句集「信濃」 昭和十九年 Ⅴ
菅原抄
住吉帝塚山より奈良西大寺の邊り菅原へ
引移る 裏の松山へ登れば藥師寺の塔も
見ゆ
鶯やかまどは焰をしみなく
[やぶちゃん注:「焰」は底本の用字。奈良市公式サイト内の「町の区域及び名称の変更について」によれば、多佳子の疎開先であった現在のあやめ池南四丁目は、旧西大寺町の一部・菅原町の一部・青野町の一部からなり、通称名あやめ池町南一丁目の一部であったことが分かり、さらにこのあやめ池町全域には必ず旧菅原町の一部が含まれていることも分かる。以上から、このあやめ池町全体が古くは菅原という名称で呼ばれていたと推定出来る。]
移り來て蕗薹のみ鮮しき
水仙のりゝと眞白し身のほとり
わが住みて野邊の末黑を簷のもと
[やぶちゃん注:「末黑」は「すぐろ」と読み、春、野焼きなどの跡で草木が黒く焦げていること、また、その草木をいう。春の季語。「簷」は「のき」と訓じていよう。]
月いでてわが袖の邊(へ)も朧なる
ほととぎす曉の闇紺靑に
ほととぎす新墾に火を走らする
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