すれちがいの娘 山之口貘
すれちがいの娘
この途はここから
でこぼこになり
赤みをおびながら
曲りくねって
松林の中へと這いつくばっているのだ
村の人たちはいつもながら
じぐざぐにこの途を歩いて行って
この途をじぐざぐに歩いて帰り
牛車も馬車もがた揺れの音を立てるのだ
ある日このでこぼこを
あっちへ曲りこっちに曲りして
ハイヒールとやらに出会したのだが
すれちがいの挨拶に
ふと気がついてみると
野良着の姿でしか見かけなかった
西の家の娘なのだ
[やぶちゃん注:【2014年7月8日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証済。注を改稿した。】初出は昭和二七(一九五二)年二月一日発行の二月号『小説新潮』。松下博文氏の「稿本・山之口貘書誌(詩/短歌)」のデータによれば、草稿の詩題は「路上」を「すれちがひの娘」と直してあるらしい。「灸をすえる」(初出は同年三月号『小説新潮』)「西の家」(初出は同年三月一日発行の三月特別号『群像』)と登場人物の強い連関性からこの「鮪に鰯」の中にあっては特異な連作詩の様相を呈している。『鮪に鰯』に収録されなかった詩篇「東の家と西の家」、後の方に出る詩篇「東の家」などの詩や私の注も参照されたい。]