飯田蛇笏 靈芝 昭和八年(四十四句) Ⅴ
鰯雲后(きさき)の御輦葉山出し
[やぶちゃん注:「御輦」は「ぎよれん(ぎょれん)」と読んでいるか。「葉山」は葉山御用邸のことか。]
くろがねの秋の風鈴鳴りにけり
[やぶちゃん注:言わずと知れた蛇笏畢生の名句。大野林火「近代俳句の鑑賞と批評」によれば、これには以下の自註がある(恣意的に正字化した)。
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山廬書斎の軒に四時一個の風鈴が吊られてある。本居鈴廼舍の鈴を眞似たわけでもなんでもなく、往年市で非常に良い音の風鈴を見ながら購めてきた。それを持ちこしてきてゐたのである。秋に生命。
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「本居鈴廼舍の鈴」国学者本居宣長は自宅の書斎鈴屋に門人を集めて講義をしたことから鈴屋大人(すずのやのうし)と呼ばれ、書斎名からも分かる通り、彼は鈴コレクターで、ウィキの「本居宣長旧宅」(三重県松阪市殿町に移築されて現存)によれば、宣長は『書斎の床の間の柱に掛鈴を吊り下げ、執筆活動の息抜きにそれを鳴らして音色を楽しんでいたという』とある。]
閑かさはあきつのくぐる樹叢かな
[やぶちゃん注:「樹叢」は「こむら」と読みたくなるが、ルビはないので「じゆそう(じゅそう)」と読んでいるか。]
音のして夜風のこぼす零餘子かな
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「零餘子」は「むかご」である。]
秋の風龍駕かゞよひ往き給ふ
[やぶちゃん注:「龍駕」は「りようが(りょうが)」(「りゅうが」と読んでもよい)で、天皇の乗る車。「かゞよひ」「耀ふ」で、きらきらと美しく光って搖れての意。]