橋本多佳子句集「信濃」 昭和二十年 Ⅶ
九州路
着きてすぐ別れの言葉霧の夜
門司と讀み海霧卷ける街に出る
夜の霧に部屋得て窓に港の燈
[やぶちゃん注:「燈」は底本の用字。]
筑紫路や鐡路も墓も石蕗(つは)さかり
波あがる崖そひの道石蕗の照り
宿ありて夜霧博多の町歸る
[やぶちゃん注:昭和二十年の年譜には、『冬、農地改革が行われるに当たり、九州大分にある農園の後始末のために次女の国子と行く。京都駅に配置された貨車に乗り、九州までの長旅を揺られて行』ったが、いざ着いてみると『夫の残した大分農場の荒廃に驚く』とある。当時、多佳子四十六歳であった。
……さても……私は今、山之口貘の詩の電子化をもここで並行して行っているが……借金だらけの貧乏詩人(バクさんの方が四つ年下)と戦前の優雅な生活が次第に奪われてゆく寡婦多佳子(といっても転落でも斜陽でもないのであるが)と……それぞれにそれぞれの何かしみじみとした人生ではある、という気がする……]

