西の家 山之口貘
西の家
馬車屋馬車屋と
土地では言うのだが
馬車屋と言うといやがるそうで
ぼくのところではその馬車屋のことを
西の家と言っているのだ
西の家は馬車屋なので
荷馬車があって
栗毛の馬などがいて
いかにも物を運ぶ仕掛になっているのだが
馬車屋であることそのことばかりが
西の家の仕事なのではないのだ
かぼちゃはつくる
さつまはつくる
麦はつくる
米はつくるで
つくるたんびのその季節のものを
お手のものの馬車に盛りあげて
栗毛の馬がそれを運ぶのだ
ある日
杉木立のところで
西の家の馬車に出会した
馬車には婆がひとりのっかっていて
毛布にくるまってうなじを垂れているのだ
孫は手綱をふりふり
町の医者までと言うのだ
[やぶちゃん注:【2014年7月8日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証済。注を全面的に改稿した。】初出は昭和二七(一九五二)年三月一日発行の三月特別号『群像』。直前の詩篇「灸をすえる」に続く「西の家」の物語である。同注及び『鮪に鰯』に収録されなかった詩篇「東の家と西の家」、後の方に出る詩篇「東の家」など詩や私の注も参照されたい。因みに、次の詩篇「すれちがい娘」に登場する「娘」もこの「西の家」の娘である。妻静江さんや娘のミミコさんら近親者を除いて、これらのように特定の登場人物が複数回異なる詩篇に登場し、しかもそれぞれの物語の中でそれぞれがその時々で微妙に違った役回りを演ずるように見える(しかし一貫したキャラクターではある)というのは、バクさんの詩の中ではかなり珍しいと言える。]