篠原鳳作句集 昭和一一(一九三六)年七月 壁
壁
我が机ひかり憂ふる壁のもと
夜となれば神祕の眇(すがめ)灯る壁
くしけづる君がなげきのこもる壁
幽き壁夜々のまぼろし刻むべく
古き代の呪文の釘のきしむ壁
[やぶちゃん注:最後の一句を除いた三句が七月発行の『天の川』に載った「壁」連作。最後の「古き代の」は鳳作没後の翌昭和十二年九月発行の『セルパン』に朝倉南男編「篠原鳳作俳句抄」として載ったものの一句であるが、確かに連作「壁」の一句と見られる。実は最後の「古き代の」句は底本では「くしけづる」の句の後に挿入されている。これは「くしけずる」の句の別稿と編者が採ったためかとも推測されるが、その配置は私はとるべきではないと考える。何故なら、それによって「幽き壁」(老婆心乍ら「幽き」は「くらき」と読む)の句が「壁」の連作でないように読めてしまうからである(それとも事実、これは「壁」の連作ではないのでろうか?)。
鳳作の作品の中でも超弩級に難解な(と私は感ずる)句群である。前田氏は前に引用したように、ここには鳳作が罹患した致命的な病魔に関わる(それを前田氏は明言を避けながらも脳梅毒ととっておられるように読める)『異様な雰囲気』を読み取っておられる(前田霧人氏の「鳳作の季節」二九三頁)。私はその解釈に対しては今のところ否定も肯定も出来ない。ただ、確かにこれらの――「壁」――「憂ふる壁」「神祕の眇」――そして「くしけづる君」その「君のなげき」それが「こもる壁」――「古き代の」ドルイド僧の低く呟くような「呪文」の響き――その「呪文の釘」のアップ――その呪いの釘が打ち込まれた「壁」が生き物のように「きし」んで音をたてる――といったシチュエーションすべてが、ある種の非常に不吉な『異様な雰囲気』を醸し出していて、目を離すことが出来ないものである、ということは間違いない私にとっての事実ではある――]

