杉田久女句集 204 病床景Ⅰ
蟋蟀も來鳴きて默す四壁かな
椀に浮くつまみ菜うれし病むわれに
窓掛をさす月もがな夜長病む
門限に連れ立ち去りし夜長かな
我を捨て遊ぶ看護婦秋日かな
廊通ふスリッパの音夜長かな
仰臥して腰骨いたき夜長かな
姉より柔かき布團贈られる
ふわと寢て布團嬉しき秋夜かな
仰臥して見飽きし壁の夜長かな
柿熟るゝや臥して迎へし神無月
病める手の爪美くしや秋海棠
我に逆ふ看護婦憎し栗捨てよ
我寢息守るかに野菊枕上
目ひらけば搖れて親しき野菊かな
閉ぢしまぶたを落つる涙や秋の暮
秋の灯をくらめて寢入る病婦かな
看護婦をのゝしる句
椅子移す音手荒さよ夜半の秋
汝に比して血なき野菊ぞ好もしき
芋の如肥えて血うすき汝かな
我ドアを過ぐ足音や秋の暮
藥つぎし猪口なめて居ぬ秋の蠅
病む卓に林檎紅さやむかず見る
寢返るや床にずり落つ羽根布團
昌子を二月振りに病院に見る
にこのこと林檎うまげやお下げ髮
[やぶちゃん注:「にこにこ」の後半は底本では踊り字「〱」。]
扉の隙や土三尺の秋の雨
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