篠原鳳作句集 昭和一〇(一九三五)年五月
「レコードの夕べ」
樂澄めり椰子の瑞葉は影かざし
樂澄めりうつむける人蒼(さう)々と
デスマスク蒼くうかめり樂澄めば
樂きけり塑像の如き額(ぬか)しろく
[やぶちゃん注:五月発行の『天の川』掲載の四句連作。同月発行の『傘火』には後の二句は所収しない。全くの直感に過ぎないが、「デスマスク」を鳳作が思い浮かべているというのは、この聴いている「樂」がベートーヴェンのそれであったからではあるまいか? なお、前田霧人氏の「鳳作の季節」によれば、これらの句は、この昭和一〇(一九三五)年『四月に銀漢亭を訪ねた折、禅寺洞、影草と行った福岡の名曲堂喫茶部で、レコードを聴きつつ句作したもの』とある。]
港の町 起重機
起重機の巨軀靑空を壓しめぐる
[やぶちゃん注:「軀」は底本の用字。「壓」は底本では「圧」。]
起重機にもの食ませゐる人小さき
起重機の旋囘我も蒼穹(そら)もなく
起重機を動かす顏のしかと剛き
[やぶちゃん注:ここまでの四句は五月発行の『天の川』に標記の「港の町 起重機」で連作として発表されたものである。なお、前の「疲れたる瞳に靑空の綾燃ゆる」の注も参照されたい。]
起重機の豪音蒼穹(そら)をくづすべく
[やぶちゃん注:「豪音」はママ。この句のみ、鳳作没後の翌昭和一二年九月の『セルパン』の朝倉南海男(「なみお」と読むか)編「篠原鳳作俳句抄」に載るもの。底本では「港の町 起重機」連作の頭に配されているいるが、ここへ移した。但し、確かに同『天の川』連作冒頭の「起重機の巨軀靑空を壓しめぐる」の初稿か別稿のようには見える。]
續無季高唱『パアラアの夜』
ゴムの葉のにぶきひかりは樂に垂り
樂きけり塑像の如き人等ゐて
樂きくと影繪の如き國にあり
[やぶちゃん注:五月発行の『傘火』の連作。「續無季高唱」とあるのは、先に注したように、この前月四月発行の『天の川』がこの月から無季俳句の作品欄「心花集」を新設、その巻頭に、かの強烈な「ルンペン晩餐圖」五句が発表されたことを受けるものであろう(『傘火』は前に記したように『天の川』同人によって刊行されている同人誌であるからここで鳳作が『續』と題しても何ら問題はないと私は思う)。ただ、これらは、先に示した同月の『天の川』の連作「レコードの夕べ」と全くの同一シチュエーションの句であり、それらの句と比して特に深化(「續無季高唱『パアラアの夜』」と大上段に別に標題するほどの「進化」という謂いである)が認められるかというと、はなはだ疑わしいと言わざるを得ない。こういうのを私は俳句に於ける――前書の悪魔――と勝手に呼んでいる。なお、これらの句は、前田霧人氏の「鳳作の季節」によれば、この昭和一〇(一九三五)年『四月に銀漢亭を訪ねた折、禅寺洞、影草と行った福岡の名曲堂喫茶部で、レコードを聴きつつ句作したもの』とある。
ここまでの十二句は五月発表句及び同月の創作句。]