萩原朔太郎「ソライロノハナ」より「何處へ行く」(4)
湯あがりを惚れる女もあらんかと
あかるき夜の街をゆきゝす
[やぶちゃん注:「惚れる」は原本では「惣れる」。誤字と断じて校訂本文を採った。]
口をあけとぼけ面(づら)してある町の
二丁が程は知らで歩みき
[やぶちゃん注:「二丁」約二百十八メートル。]
居酒屋のまへにとまりてふところの
錢をかぞふることが樂しき
踵(かゝと)あげ怒りてものをぐさと蹈む
それが蟇がへるなりき氣味の惡さ惡さ
死なんとて蹈切近く來しときに
滊車の煙(けぶ)みて逃げ出したりき
[やぶちゃん注:「滊車」の「滊」は原本では(「米」+「氣」)であるが、誤字と断じて「滊」とした。校訂本文は無論、「汽車」とするが採らない。これは朔太郎満二十三歳の時の、『スバル』第二年第一号(明治四三(一九〇二)年一月発行)に掲載された一首、
死なんとて蹈切近く來しときに汽車の煙をみて逃げ出しき
の類型歌。]
この男寢ても覺めても煙草のむ
悲しきくせをおぼへけるかな
[やぶちゃん注:「おぼへ」はママ。]
ボンボンの中より甘きキララソオを
吸ふ心もておん胸にゆく
[やぶちゃん注:「キララソオ」はママ。校訂本文は「キユラソオ」とする。採らない。“curaçao”(キュラソー)はリキュール酒の一種で西インド諸島のキュラソー島特産のオレンジの皮を味つけに用いるのでこの名がある。やや苦みのある甘い洋酒で酒精分三〇~四〇%と高い。色は無色・褐色・緑色など各種ある。]
ともすれば口をゆがめて延次郎(えんじろ)の
假聲(こはいろ)つかふ人を忘れず
[やぶちゃん注:「假聲(こはいろ)」はママ。校訂本文は「聲色(こわいろ)」とする。採らない。「延次郎」とは歌舞伎役者の名跡河内屋實川延二郎(じつかわえんじろう)と思われ、創作年代から見て、明治一九(一八八六)年に九歳で二代目實川延二郎の名で初舞台を踏み、後に延若(えんじゃく)を襲名(大正四(一九一五)年)した初代實川延若の長男二代目實川延若(明治一〇(一八七七)年~昭和二六(一九五一)年)かと思われる。参照したウィキの「實川延若(2代目)」によれば、戦前、濃厚な上方の芸風が批評家に高く評価されたとあり、『口跡に優れ、時代がかった口調から急に世話にくだける間が絶品であった。類い稀な演技力もさることながら、立派な押し出しと色気の有る目元が、得も言われぬエロチシズムを生み出し、「油壷からでたような」という評が与えられた。その色気の力は『双蝶々曲輪日記・引窓』の濡髪をつとめたとき、あまりの凄さに与兵衛で舞台を共にした初代中村鴈治郎が嫉妬したほどだった』。『色気の有る芸については、延二郎時代、初めて東京の舞台に立ったときに「上味醂で煮上げたような」と評されている』とある役者である。]