相子 山之口貘
相子
どさくさまぎれの汽車にのっていて
ぼくは金入を掏られたのだ
掏られてふんがいしていると
ふんがいしているじぶんのことが
おかしくなってふき出したくなって来た
まあそうふんがいしなさんなと
とんまな自分に言ってやりたくなったのだ
もっとも金入にいれておくほどの
お金なんぞはなかったが
金入のなかはみんなの名刺ばかりで
はちきれそうにふくらんでいたのだ
いまごろは掏った奴もまた
とんまな顔つきをして
名刺ばかりのつまった金入に
ふんがいしているのかも知れないのだ
奴はきっと
鉄橋のうえあたりに来て
そっとその金入を
窓外に投げ棄てたのかも知れないのだ
[やぶちゃん注:【2014年7月14日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証して勘案の末、本文を訂正、さらに注も改稿した。】初出は昭和二五(一九五〇)年九月号『文藝』。七行目「とんまな自分に言ってやりたくなったのだ」は底本では「とまな自分に言ってやりたくなったのだ」となっている。清書原稿をこの詩篇では底本とした思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」では正しく「とんまな自分に言ってやりたくなったのだ」となっているから、原詩集の誤植(脱字)(若しくは考え難いが、旧全集のそれ)の疑いが濃厚であり、鑑賞に齟齬を齎すのでこの部分は新全集を採った。]