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2014/04/16

耳嚢 巻之八 幽魂貞心孝道の事

 幽魂貞心孝道の事

 

 四ツ谷長泉寺横町にますやといへる紺屋有之(これあり)候處、女房並に子共も相果(あひはて)、渡世にも差支(さしつかへ)、殊に啞(おし)の一子殘り居(ゐ)候て誠に困窮に及びけるが、兼て手間取(てまどり)抔に賴(たのみ)て、貧しく暮しける夫婦のものいかにも實體(じつてい)なる故、彼を養子相談して則(すなはち)紺屋の株式竝(ならびに)家財雜具(ざうぐ)をも讓(ゆずり)、其身隱居同樣にて暮しけるが、右養子夫婦の者あくまで孝心を盡し、啞の幼年物をもいたわり誠に實父の如くつかへければ、近隣も其心深(ふかき)を賞し、隱居も殊外(ことのほか)歡びける。老齡限(かぎり)ありて、隱居は相果(あひはて)ける。然るに妻もいかゞせしや、病(やまひ)に染(そみ)てこれ又無程(ほどなく)物故(もつこ)しけるゆゑ、夫の歎きいふばかりなし。しかるに男住居(すまゐ)、殊に啞の幼年もあれば、知音の者近隣の者進め媒妁(ばいしやく)して後妻を入(いれ)けるが、此後妻も夫の申付(まうしつけ)に任せ彼(かの)啞をも勞(いたは)り育てけるが、或夜夫は留守、女房壹人臥(ふせ)り居(をり)しに物音に驚き目覺(めさめ)けるに、枕元の屏風の影にその樣(さま)此世の人ならざる女立居(たちゐ)たりければ、わつと云(いひ)ておびえ恐れて夜着引(ひつ)かつぎて臥けるが、能く思ふに先妻の幽魂、心殘りて來るなるべし、かゝる所には一日も不被居(をられず)と思へども、あけの夜は、今宵は來るまじ、心の迷ひなりと臥けるに、又候彼女前夜の如く立居たりければ、わつと云て夜着引かつぎぬ。夫(をつと)も其夜は脇に臥ける故、何ゆゑやと引起しければ、最早隠すも不及(およばず)、しかじかの事なりと語り、何卒暇(いとま)給はれと申(まうし)けるを、夫つくづく聞(きき)て、先妻の行狀並(ならびに)心底かゝるものにはあらず、全(まつたく)汝が迷ひなるべしと色々宥(なだめ)けれど、一夜ならず二夜までまのあたり見し事、聊(いささか)心の迷ひにあらずと云(いへ)るを漸(やうやく)になだめ、かゝる事には、さゝばたきして聞(きき)て然るべしと、市女(いちこ)呼(よび)て法の如く水むけし候に、先妻其市女につきていへるは、兩夜夢の如く形をあらはせしは狐狸の所爲にもあらず、我等が出しに違ひなし、しかれども、嫉妬執着等にて來るにあらず、當妻へ委細の譯(わけ)いふて賴度(たのみたき)事ありて來りしを、恐れて魂消(たまげる)計(ばかり)ゆゑ思ふ事述(のぶ)るに及ばずと、家のあらましを云(いひ)て事おさまりぬ。さては迚(とて)其夜臥せしに又來ければ、妻も此度(このたび)はおそれずして聞(きき)しに、幽魂申(まうし)けるは、此家の儀は其啞の實父成る人、我等夫婦を力に賴み、ゆかりもなき身に家藏雜具迄讓りあたへ、啞なる子の養育を賴み給へば、我世にありし頃は夫婦心を合(あは)せ孝養をも盡(つく)し幼子をもいたわりしが、我等命數盡(つき)て泉下(せんか)の人となりぬ、後妻も心よき人ながら始(はじめ)の事はしり給はじ、くわしく此譯物語(ものがたり)て、幼子を育て此家大切になし給へ、外に我等が願ひなし、くれぐれ夫の事幼子(をさなご)の事賴(たのむ)といふて消失(きえうせ)ければ、此度は妻も恐るゝ心なく、委細を聞(きき)て涙を流し、夫も厚く亡魂の信實を感じ、さるにても未(いまだ)心の迷ひもあるべしと施餓鬼(せがき)などせしに、或夜夢に當夫婦の志をよろこび成佛もなせしと語りけるとぞ。此一談、談義僧の咄(はなし)らしけれど、至(いたつ)て此頃の事にて相違なき事なりと、或人かたりぬ。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:本格怪談二連発。

・「四ツ谷長泉寺横町」底本の鈴木氏注に、『長善寺であろう。曹洞宗。境内に熊笹が多いので笹寺と呼ばれた。新宿区四谷二丁目』とある。東京都・首都圏の寺社情報サイト「猫の足あと」の「長善寺」に詳しい縁起や地図が載る。訳では長善寺に訂した。

・「手間取」岩波版長谷川氏注に、『手間賃で雇われる者』とある。所謂、斡旋する者を介して賃雇いで雇った手伝いの夫婦者ということであろうか。

・「株式」岩波版長谷川氏注に『営業権』とある。

・「其心深(ふかき)を賞し」一応かく読んだが、岩波のカリフォルニア大学バークレー校版ではここは、『其深切(しんせつ)を賞し』となっている。

・「能く思ふに」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版を見るとここは『能』の後に踊り字『〱』で「よくよく」と読んでいることが分かり、ここも「く」ではなく、踊り字「〱」であるのを鈴木氏が誤読されたのではないかという気がしている。現代語訳では「よくよく」を採った。

・「又候彼女前夜の如く立居たりければ」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版を見るとここは、『又も哉(や)彼女前夜の如く立居たりければ』となっていて自然である。そちらを採る。

・「さゝばたき」「笹叩き」で、民間の巫女(みこ)及びその祈禱を指す。巫女が口寄せをする際に両手に持った笹の葉で自分の頭を叩きながらトランス状態に入ることに由来する呼称。

・「市女(いちこ)」「巫女」「神巫」とも書く。神霊・生霊・死霊などを呪文を唱えて招き寄せ、その意中を語ることを業とする民間の女性。梓巫(あずさみこ)・口寄せも同じ。

・「談義僧」仏教の教義を面白く平易に説き聞かせる僧。また、経典などを解釈して聞かせる説教僧のこと。岩波版長谷川氏注に『俗事をまじえ巧みな話術で人気があった』『談義専門の僧』とある。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 女の幽魂の貞心にして孝道に則れる事

 

 四ッ谷は長善寺横町に「ますや」と申す紺屋(こうや)が御座った。

 不幸にして女房並びに染物屋を継ぐべき子(こぉ)なども相い果てて、何かと渡世にもさしつかえ、殊に唯一の身内には啞(おし)の独り子(ご)ばかりが残って御座ったによって、まっこと、困窮と呼ぶに相応しい有様にまで落ちぶれて御座った。

 未だ左前になる前より、斡旋する者に頼みおき、貧しく暮して御座った夫婦者を雇い入れて御座ったが、この夫婦(めおと)、如何にも実体(じってい)なる者たりで御座ったによって、この二人と相談致いて、彼らを養子となし、紺屋商売の権利並びに、僅かに残って御座った家財その他一式をも譲り、その身は隠居同様に暮して御座ったと申す。

 かの養子夫婦の者は、これ、あくまで孝心を尽くし、未だ幼年で御座った啞の者をも、心を込めて労(いたわ)り、養父に対しては、実の父の如く仕えて御座ったによって、近隣の者もその心の深きを褒めたたえ、貧しき暮らしながらも、隠居も殊の外、悦んで御座ったと申す。

 老齢限りあればこそ、隠居はほどなのぅ相い果てたとか申す。

 しかるに、この夫婦(めおと)の妻も、一体、どうしたことか、ふと病いに罹って臥せったかと思うと、これまた、ほどのぅ身罷ってしもうたと申す。

 されば、夫の歎きはこれ、一通りでは御座らなんだ。

 されど、残った夫は何とか紺屋を続けつつ、同所に住い致いて御座ったと申す。

 されど、ことにかの啞の少年の世話なんどもあったればこそ、彼の知音(ちいん)の者や近隣の者たちが、しきりに再婚を進め、媒酌なんどまで世話焼き致いたによって、めでとぅ後妻を入るることと相い成った。

 この後妻もまた、夫の申し付けに従順に従い、かの啞の少年をも労り育てて御座ったと申す。

 ところが、嫁いで数日致いた、ある夜のこと、夫はたまたま仕事にて留守、女房独り、眠らんと致いて御座ったところが、ふと、何やらん、寝て御座った部屋内に物音が致いた。

 驚いて、目(めぇ)をさまし、はっと何かを感じて、見れば、

……枕元の屏風の陰に……

……そのさま……

……この世の者にては、あらざる女が独り……

……座って御座った……

……が……

……すうっと……

……立った……

「わッ!」

と叫んで妻は怯え恐れ、夜着を引っ担いで、ぎゅーうっと伏せって御座ったと申す。

 そのままぶるぶると震えながら、まんじりともせず夜明けを待ったが、これ、それより何事も起こらなんだ。

 明け方近(ちこ)うなって、よくよく考えてみたところが、

『……こ、これは……先妻の幽魂……夫へ心残りのあればこそ……来たったに相違いない。……このような所には一日も安穏としては……居られぬ……』

と思うたものの、さても翌日の昼の陽光の中にあるうちには、心も落ち着いて参って、その日も夕暮れとなれば、

『……今宵は、あんな物の怪は来たるまい。……あれはきっと、妾(わらわ)の心の迷いの見せた、幻しででもあったに、違いない……』

と、横になったところが……

……またも……

……怪しき物音のして……

……飛び起きて、かの屏風の方を見れば……

……前夜の如く……

……確かに……

……妖しき女の独り……

……居立ちおる!……

またしても、

「わッ!!」

と、叫ぶと、昨夜と同じく、夜着を引っ担いだ。……

 その夜は夫も出先から夜遅うに帰って、脇に横になって御座ったれば、

「――い、如何致いたッ!?」

と目覚めては妻を引き起した。

 されば妻は、

「……も、最早、隠すことにも及びませぬ……しかじかのこと……これ御座いましたれば!……」

と昨夜とその夜の出来事を語った上、

「……何卒! お暇(いとま)、これ、下さいませッ!……」

と、青ざめては泣く泣く申した。

 夫はその話を訊くと、つくづく思いあぐんだ後、

「……先妻の行状並びに心底(しんてい)は……これ、怨みをもって出来(しゅったい)致すようなものには、これ、御座ない。……全く、そなたが思うたように、そなたの迷いが生み出したるところの、幻しに違いないとは思うのじゃがのぅ……」

と、いろいろなだめすかしてはみたものの、妻は、

「……一夜(ひとよ)ならずも、二夜(ふたよ)までも、目の当たりに見ましたることなれば……これ、いささかも心の迷いの産んだるものにては……御座いませぬ!……」

と、申していっかな、きこうとは、せぬ。

 夜も明け、ようようとりあえず落ち着かせて、

「……相い分かった。……かくなる上はこれ、笹叩きなんどを呼んで、質すに若くはあるまい。……」

と、知れる人づてに市女(いちこ)を呼び入れ、礼式の如く祀っては、物の怪の関心をこちらの存念に添うよう、うまく誘いかけて貰(もろ)うたところが……

……遂に……

……先妻の霊が……

その市女に……

……憑いた――

 妻の亡魂が市女の口を借りて語り出すことには、……

「……両夜……夢の如く姿形(すがたかたち)を現わしましたは……狐狸の類いの所爲(しょい)にては御座いませぬ……我らが出でしに……これ……相違……御座いませぬ……されども……嫉妬や執着なんどによって……これ……来ったものにては御座いませぬ……今のあなたさまの妻へ……委細の訳(わけ)を語って……これ……頼みおきたき儀の……これ……あらばこそ罷り越しましえ御座いまする……されど……我らが姿をお恐れになられては……ただただ魂消(たまげ)らるるばかりにて……お伝え致したきことを……これ……述べることも……出来ませなんだ……」

と、昨夜来の家中に起こったる怪異のあらましを述べたかと思うと……そのまま……市女から落ちて……消えて行ったと申す。……

 されば、その日(ひぃ)の夜のこと、孰れも何の起こるかはそれなりに覚悟致いて、二人して横になったところが……

……夜半……

……またしても……

……かの妻の亡魂が……

……これ、出来(しゅったい)致いた……

……されどこのたびは妻も恐れることなく、

「……何を……これ、お頼みなさられたく……御座いまするか?……」

と静かに訊ねたところが、幽魂の申すことには、

「……この家(や)の儀は……あの啞の子(こぉ)の実父なるお方……生前に我ら夫婦を力と頼まれ……ゆかりもなき身なるに……我ら夫婦に家や蔵その他家財一式に至るまでお譲り与え下さり……啞なる子(こぉ)の養育を……確かにと……お頼みになられたによって……妾(わらわ)……世にありし頃は……夫婦……心を合わせて……養父への孝養をも尽くし……幼な子をも労りました……が……妾……命数の尽きて泉下(せんか)の人となりまして御座いまする……後妻のそなたも……心よき人とは分かって御座いますれど……何分にも……こちらへ参らるる前のそうしたことは……これ……ご存じありますまい……さればこそ……かくも詳しく……かくなる所縁を……これ……物語りさせて頂きました……どうか……かの幼な子を……向後も慈愛をもってお育て下さり……この家を……大切にお守り……下さいまし……外に……妾の願いは……これ……御座いませぬ……くれぐれも……夫のこと……幼な子のこと……お頼(たの)……申しまする…………」

と申すや――ふっと――消え失せたと申す。……

 このたびは、妻も恐るる心これなく、寧ろ、委細を聞きては涙を流し、夫も亡魂の信実を深く感じて、

「……それにしても……どこか未だ、亡き妻には、心の迷ひも、これ、あるのやも、知れぬのぅ……」

と呟くと、その日のうちに僧に頼んで、妻の施餓鬼(せがき)なんど、致いたと申す。……

 それから数日したある夜のこと、夫婦(めおと)は同じい夢を、見た。

 夢の中で、亡き妻は、

「――そなたら夫婦(めおと)の志し――これ――大層嬉しゅう存じまする――お蔭さまで――妾――成仏致いて――御座いまする――」

と語った、ということで御座る。

 

「……さてもこの一話、如何にも所謂、近頃は市井に流行る談義僧の、巧みに創ったる咄しらしくも思わるれども、これ、至って近頃の、実際の起ったる話にて御座っての、決して、作り話にては御座いませぬ。……」

と、ある人の私に語って御座った話で御座る。

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