土地〈1〉〈2〉〈3〉 山之口貘
土地〈1〉
利根川を渡って
私鉄にのりかえると
いきなり車内が
この土地らしくなるのだ
やろう ばかやろ
このやろだのと
そんな言葉がやたらに耳にはいって来て
この土地らしくなってくるのか
困ったところに
疎開したものだと
この土地生れの女房に話しかけると
女房はいささかあわてたのだが
このばかやろがと
言いそこなったみたいに
沖縄生れの
くせにと来たのだ
土地〈2〉
東に柿の木 西には樫の木
南は栗の木まじりの松林
北から東へかけて竹林
竹林を背にしてそこに
古ぼけたトタンの屋根をかむって
首をかしげてたたずんでいる家
ここがぼくらの疎開先で
女房の里の家なのだ
奥のくらがりにいた老婆が
腰をあげて縁側に出て来たのだが
よく来たなあと歯のない口を開けた
女房の妹によく似た顔だ
老婆は両手をさしのべながら
女房の背中の赤ん坊に言った
どれどれこのやろ
来たのかこのやろと言った
土地〈3〉
住めば住むほど身のまわりが
いろんなヤロウに化けて来るのだ
疎開当時の赤ん坊も
いつのまにやらすっかり
ミミコヤロウになってしまって
つぎはぎだらけのもんぺに
赤い鼻緒の赤いかんこで
いまではこの土地を踏みこなし
鼠を見ると
ネズミヤロウ
猫を見ると
ネコヤロウ
時にはコノヤロバカヤロなどと
おやじのぼくにぬかしたりするのだ
化けないうちにこの土地を
引揚げたいとはおもいながらだ
[やぶちゃん注:【2014年7月22日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証済。注を一部改稿した。】三篇に対して清原稿を底本とした「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」では、標題の通り番号に括弧はない。初出は三篇とも昭和二二(一九四七)年六月号『人間』。
この連作は昭和一九(一九四四)年十二月にバクさんが一家で疎開した妻静江さんの実家(茨城県東茨城郡茨城町飯沼)での凡そ三年間(発表時は未だそこにいた)を追懐した詩群である。娘のミミコこと泉さんはこの疎開をする六ヶ月前の昭和十九年三月に誕生している。]