橋本多佳子句集「信濃」 昭和二十一年 Ⅳ
雨の天(そら)たしかに雲雀啼いてゐる
なかぞらに虻のかなしさ子の熟睡(うまゐ)
[やぶちゃん注:「熟睡(うまゐ)」万葉集にも出る古語であるが、歴史的仮名遣は誤りで「うまい」が正しい。快い眠りを指し、ここでもその用法であるが、万葉の用例では男女の共寝を指すようである。]
田植季わが雨傘もみどりなす
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「田植季」は「たうゑどき」と読む。]
山吹や山水なれば流れ疾く
[やぶちゃん注:「山水」は「さんすゐ」ではなく「やまみづ」であろう。]
中空に音の消えてゆくつばな笛
[やぶちゃん注::「つばな笛」「つばな」は単子葉植物綱イネ目イネ科チガヤ Imperata cylindrica を指し、その穂を除いた葉で作った草笛のことをいっているものと思われる。]
ほととぎす髮をみどりに子の睡り
ほととぎす夜の髮を梳きゐたりけり
灯のもるる蕗眞靑に降り出しぬ
簾戸入れて我家のくらさ野の靑さ
霧がくる一輪の日や沼施餓鬼
沼波の靑沁むべしや施餓鬼幡
沼施餓鬼蟹はひそかによこぎりて
雨の沼螢火ひとつ光(て)りて流れ
[やぶちゃん注:「螢火」の「螢」は底本の用字。この沼施餓鬼(あやめ池であろうか)の句群はその妖しさに於いて私の偏愛するものである。]
金鳳華子らの遊びは野にはづむ
[やぶちゃん注:この佳句は「金鳳華」(キンポウゲ目キンポウゲ科キンポウゲ属 Ranunculus )の花が好きな人ならば文句なしに分かっていただけるものと存ずる。]
ひと日臥し卯の花腐し美しや
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