篠原鳳作句集 昭和一一(一九三六)年四月 ラツシユアワー
ラツシユアワー
夕刊の鈴より都霧(きり)のわくごとき
[やぶちゃん注:「都霧」の二字に「きり」とルビを振る。所謂、一時期流行ったマルチ・キャメラのような多重性を持たせたルビ俳句である。]
吊革にさがれば父のなきのれ
ほしいままおのれをなげく時もなく
「疲れたり故に我在り」と思ふ瞬間(とき)
我も亦ラツシユアワーのうたかたか
[やぶちゃん注:以上、「ラツシユアワー」連作五句は四月発行の『傘火』に載るもの(四月の発表句は、先に掲げた『天の川』に載った連作「老父昇天 父八十二歳にて長逝す」の五句とこれらを合わせ、計十句である)。前田霧人氏の「鳳作の季節」によれば、渡辺白泉は「猟人手帖」(『句と評論』昭和一一(一九三六)年五月号)で、『「鳳作の芸が真摯にもここまでやって来たことを私は祝いたい。」と称賛する。その一方で、「全体に見られる微弱なる構成意識を嫌うと共に、345をまで言いたかった作者の甘さが食い足りない」と、的確かつ厳しい評価を付加する』(「345」とは三句目・四句目・五句目の謂いであろう)とある。白泉の評及び霧人氏の言葉、孰れにも私も同感である。
なお、この後、五月と六月のパートは底本句集には存在しない。底本年譜には、『五月 この頃から時々首筋の痛みを訴え鹿児島県姶良郡の妙見温泉で治療したが快方をせず発作的に嘔吐を催すようになった』とあり、六月の事蹟を載せず、次が七月の欄となって『天の川三元集に「赤ん坊」[やぶちゃん注:後掲する連作句。]の作品載る』とある。「妙見温泉」は鹿児島県霧島市隼人町及び牧園町(旧大隅国)にあり、新川渓谷温泉郷の中では最も大きな温泉。泉質はナトリウム・カルシウム・マグネシウム―炭酸水素塩温泉(低張性中性高温泉)である。適応症・禁忌症一覧は「妙見温泉振興会」による妙見温泉公式サイトのこちらを参照されたい(但し、特に適応症・禁忌症に特異点のある温泉ではない)。]