不忍池 山之口貘
不忍池
池をたずねて来たのだが
芝生のうえにぼくは見たのだ
このまっぴるまかれらはそこにいて
まるでもう舶来みたいに
これ見よがしの接吻をした
ひとりは角帽
ひとりは緑の服なのだ
池はすでに戦争のおかげで
代用の田圃になりかわっていたのだが
接吻の影など映すてだてもなく
田圃のまんまひからびているのだ
そこを出ると
出たところには
わずかばかりの水がにじんでいて
そこより外には行きどころもないのか
腹をひっくりかえして
ボートの群が飢えているのだ
[やぶちゃん注:【2014年7月18日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証した際、ミス・タイプを発見、本文を訂正、さらに注の初出を誤記載していたため、そこも訂正した。】初出は昭和二五(一九五〇)年二月号『群像』。コーダの光景が素晴らしい。]