耳嚢 巻之八 齒痛奇藥一法の事
齒痛奇藥一法の事
生石膏(せいせきかう) 四匁(もんめ) 天瓜粉(てんくわふん) 二匁 龍腦(りゆうなう) 五分(ぶ) 何れも粉末にし、その痛所に付(つく)るに、奇又(また)妙の由。咽喉に入(いれ)て不苦(くるしからざる)由。或人の祕傳なり。
□やぶちゃん注
○前項連関:なし。民間療法シリーズ。
・「生石膏」石膏。硫酸カルシウムと水からなる鉱物。無色透明乃至白色の結晶で水成岩・石灰岩・粘土中に厚い層となって産する。白墨・セメント・彫刻材料などの主原料。ウィキの「石膏」の「生薬」の項には、天然の石膏は『日本薬局方に医薬品名「石膏」として記載されている生薬で』『解熱作用や止渇作用などがあるとされる。石膏を含む漢方方剤は竹葉石膏湯、防風通聖散、桔梗石膏など多数ある』と記す。
・「四匁」十五グラム。
・「天瓜粉」天花粉。双子葉植物綱スミレ目ウリ科カラスウリ属キカラスウリ(変種)Trichosanthes kirilowii var. japonica の塊根を潰し、水で晒した後に乾燥させて得られる。日本では古来、白粉の原料や打ち粉として乳小児の皮膚に散布して汗疹・爛れの予防などに用いた(因みに、現在の市販されるベビー・パウダーの主成分は滑石(かっせき)などの鉱物とコーン・スターチなど植物性デンプンからなり、別名のタルカム・パウダーは高給原材料の一つである水酸化マグネシウムとケイ酸塩からなる一般に蠟石とも呼ばれる滑石の英名“talc”(タルク)に由来する別物である)。
・「二匁」七・五グラム。
・「龍腦」樟脳(クスノキ目クスノキ科ニッケイ属クスノキ
Cinnamomum camphora の枝葉を蒸留して得られる無色透明の個体で防虫剤や医薬品等に使用される。カンフル。)に似た、アオイ目フタバガキ科リュウノウジュ
Dryobalanops aromatic の木材を蒸留して得られる芳香を持った無色の昇華性結晶。人工的には樟脳・テレビン油から合成され、香料などに用いられる。ボルネオールともいう。以下、ウィキの「ボルネオール」によれば、『歴史的には紀元前後にインド人が、6~7世紀には中国人がマレー、スマトラとの交易で、天然カンフォルの取引を行っていたという。竜脳樹はスマトラ島北西部のバルス(ファンスル)とマレー半島南東のチューマ島に産した。香気は樟脳に勝り価格も高く、樟脳は竜脳の代用品的な地位だったという。その後イスラム商人も加わって、大航海時代前から香料貿易の重要な商品であった。アラビア人は香りのほか冷気を楽しみ、葡萄・桑の実・ザクロなどの果物に混ぜ、水で冷やして食したようである』とある。
・「五分」「分(ぶ)」は一匁(三・七五グラム)の十分の一であるから、五分は一八七五ミリグラム。
■やぶちゃん現代語訳
歯痛の奇薬の一処方の事
生石膏(せいせっこう) 四匁(もんめ)
天瓜粉(てんかふん) 二匁
龍脳(りゅうのう) 五分(ぶ)
をいずれも粉末にし、その痛い箇所に塗付すれば、奇妙にして絶妙の効果があるという。咽喉(いんこう)部に入っても一向に苦しくなく、害もないとのこと。とある御仁の秘伝で御座った。
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