飯田蛇笏 靈芝 昭和八年(四十四句) Ⅳ
手花火のほを唅まなと思ひけり
[やぶちゃん注:「唅まなと」の「唅」は底本では「唫」であるが、この字は訓ずるとしても「どもる」(吃る)「つぐむ」(噤む)「すふ」(吸ふ)/「吟」の古字として「なげく」(嘆く)「うめく」(呻く)「うたふ」(歌ふ)/「けはし」(険し)しかなく、相応しいものがない。jin*ok*5*0 氏のブログ「日々の気持ちを短歌に」の「句集『霊芝』(12)(飯田蛇笏全句集より)昭和八年(三)」には角川書店発行新編「飯田蛇笏全句集」よりこの句を引かれて「唅(ふく)まなと」という漢字とルビが振られてある。これなら腑に落ちる。ここは底本ではなく、リンク先の「唅」の字で採った。]
麥穗燒炎のはやりては舞ひにけり
[やぶちゃん注:「炎」は「ひ」と読んでいるか。]
冷え冷えと箸とる盆の酒肴かな
[やぶちゃん注:「冷え冷え」の後半は底本では踊り字「〱」。]
魂棚や草葉をひたす皿の水
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「魂棚」は「たまだな」で、盂蘭盆の魂祭りに祖霊を安置する棚のこと。精霊棚(しょうりょうだな)。]
うつくしく泉毒なる螢かな
[やぶちゃん注:「毒なる」の措辞が今一つ私にはつかめない。魂を連想させるのを不吉なる毒と譬えたものか。ホタルの幼虫の姿の奇怪にして肉食であることを毒と言うたものか? この凡夫にどなたか御教授下されば幸いである。]
靑草をいつぱいつめしほたる籠
天蠶蟲(てぐすむし)瑠璃光りしてあるきけり
[やぶちゃん注:「天蠶蟲(てぐすむし)」は絹糸を採る山繭蛾、鱗翅(チョウ)目ヤママユガ科ヤママユガ亜科ヤママユ属ヤママユ
Antheraea yamamai (亜種に Antheraea yamamai yamamai・Antheraea yamamai ussuriensis・Antheraea yamamai yoshimotoi )のこと。天蚕(てんさん)ともいう。日本在来の代表的な野蚕で北海道から九州にかけて分布し、全国の落葉性雑木林に生息する。参照したウィキの「ヤママユ」によれば、『ヤママユガ科のガの成虫は口が完全に退化しており、蛹化以降は一切の食餌を摂らずに幼虫時に蓄えた栄養だけで生きる』。前翅長は七〇~八五ミリメートルと翅は厚く大きく、四枚の翅には、それぞれ一つずつ大きな黄茶色の目玉状模様がある。『幼虫はブナ科のナラ、クヌギ、コナラ、クリ、カシ、カシワ、ミズナラなどの葉を食べ』、年一回の発生で出現期は八~九月頃、卵の状態で越冬をする。四回の『脱皮を経過して熟蚕となり、鮮やかな緑色をした繭を作る。繭一粒から得られる糸は長さ』が約六〇〇~七〇〇メートルにも及び、千粒で約二五〇~三〇〇グラム程度の『絹糸が採取される。この糸は「天蚕糸」と呼ばれる』とある。また、サイト「Silk New Wave」の「天蚕(ヤママユガ)」には蚕糸試験場中部支場に於ける来場見学者への説明資料として作成されたという詳細な飼育に関わる記載がある。必見。]
葛垂れて日あたる漣の水すまし
[やぶちゃん注:「漣」は「なみ」と訓じているか。]
葉がくれに水蜜桃の臙脂かな
古桑の實のこぼれたる山路かな
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