中島敦 南洋日記 二月二十日
二月二十日(金) アンガウル
朝九時みどり丸乘船。同行者、湯淺、佐野、武智氏等。オイカハサン又同船。快晴。午後二時過アンガウル島着。突堤代りに突出せる大鐡櫓(憐鑛を運ぶレールも敷かれあり)に綱にぶら下りて、船より移るなり。波荒き時はさぞ難儀なるべし。トラック邊より來れる島民勞働者の合宿所幾棟。獨乙時代の建物なりと。工場。煙。殺風景なる島なり。南拓鑛業所に到り神足所長に挨拶。東北辯。倶樂部宿所に落着く。武智氏等はアンガウル島民を本島に移轉せしむる件に就きて來れるなり。佐野氏と共に公學校長に案内されて鑛區見學。トロッコに乘り、島民に押させて行く。燐鑛掘跡の荒涼たる景觀。巨大なる榕樹。白きほりあと。水溜。裸木。レールの切代へ。レールの終點にて降り、水の中よりドレッヂャーにて燐鑛の泥を摑みとりつゝあるを見る。水中に仕掛けしダイナマイトの破裂する鈍き音。暫時にして歸る。風呂、夕食、月細し。武智氏と十時過迄語る。良く眠れず、
[やぶちゃん注:太字「ほりあと」は底本では傍点「ヽ」。
「神足」は「こうたり」と読むか。
「切代」は「きりしろ」と読み、建築用語で材料の端部分を綺麗に切断するための余長のことをいう。
「ドレッヂャー」dredger。浚渫機。浚渫船のこともこういう。]

