鮪に鰯 山之口貘
鮪に鰯
鮪の刺身を食いたくなったと
人間みたいなことを女房が言った
言われてみるとついぼくも人間めいて
鮪の刺身を夢みかけるのだが
死んでもよければ勝手に食えと
ぼくは腹立ちまぎれに言ったのだ
女房はぷいと横むいてしまったのだが
亭主も女房も互に鮪なのであって
地球の上はみんな鮪なのだ
鮪は原爆を憎み
水爆にはまた脅やかされて
腹立ちまぎれに現代を生きているのだ
ある日ぼくは食膳をのぞいて
ビキニの灰をかぶっていると言った
女房は箸を逆さに持ちかえると
焦げた鰯のその頭をこづいて
火鉢の灰だとつぶやいたのだ
[やぶちゃん注:【2014年7月4日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証済。注を一部追加した。】思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」の松下博文氏の書誌には全部で五種の掲載誌を載せる。
昭和二九(一九五四)年七月 三日発行『別冊文藝春秋』第四十号記念特別号
昭和二九(一九五四)年十月 五日発行「死の灰詩集」(宝文館刊)
昭和三〇(一九五五)年一月二十日発行『詩学』の『詩学年刊 一九五五年版』(詩学社刊)
昭和三〇(一九五五)年四月二十日発行「年刊現代詩集・第2集 一九五五年版」(宝文館刊)
昭和三〇(一九五五)年六月十五日発行『詩学 現代詩戦後十年』臨時増刊
初めて発表された四ヶ月前の一九五四年三月一日、アメリカは一連の核実験“Operation Castle”(「羊」作戦)の中の一つであった水爆実験“Castle Bravo”(キャッスル作戦)をビキニ環礁で行なった。広島型原子爆弾約一〇〇〇個分の爆発力(十五メガトン)を持つ水素爆弾(コード名ブラボー)が炸裂、海底に直径約二キロメートル、深さ七十三メートルのクレーター(通称ブラボー・クレーター)が形成され、この時、日本のマグロ漁船第五福竜丸を始め、約千隻以上の漁船が死の灰を浴びて被曝したのであった。この時の大量に廃棄された被爆したマグロやヨシキリザメは現在の築地市場内に埋められている(「原爆マグロ塚」が建てられてある、ここまではウィキの幾つかの記載を参考にした)。因みに、私の愛してやまない「ゴジラ」が制作され、公開されたのは水爆実験から八か月後の十一月三日「文化の日」であった。リンク先は私のオリジナルの総合学習用教案(シナリオ分析と評論)「メタファーとしてのゴジラ」である。映画の「ゴジラ」を見たことがある方で未見の方は是非ご覧あれ。決して退屈させない自信は――ある。]