灸をすえる 山之口貘
灸をすえる
ひんまがったひどい腰曲りで
竹の杖にすがりながら
草履ばきのひからびたその大足を
ひと足ひと足と運んできたのが
西の家の老婆なのだ
老婆は杖を戸袋の脇に立てかけると
はなしに聞いて来たのだがと言いながら
縁側にあがって坐り込み
お灸をすえてくれまいかと言うわけなのだ
噂によればなにしろ
虱たかりの老婆なので
ぞっとしないではいられなかったのだが
とにかく線香に火をつけたのだ
老婆がやがて肌をぬいで
背なかをこちらに向けると
おそるおそるぼくは膝をすすめ
ひからびた背なかを見廻したのだが
いまのうちにと急いで
孔穴を探りそこに
急いで文を立て
急いで線香の火をうつしたのだ
[やぶちゃん注:【2014年7月8日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証済。注の後半を追加した。】初出昭和二七(一九五二)年三月号『小説新潮』。バクさんの事蹟を御存じない方には、奇異な詩に見えるかもしれない。底本全集の年譜によれば、バクさんは独身の昭和六(一九三一)年四月、東京鍼灸医学研究所に在職していた折りに、同研究所の医学校へ入学、昭和九(一九三五)年八月に卒業している(その翌年の昭和十一年二月に同研究所を退職して、先に注で示したような鉄屑を運搬するダルマ船に半年ほど乗り組んだ。なお、この昭和六(一九三一)年四月にバクは雑誌『改造』に初めて詩を発表してもいる)。彼は謂わば、鍼灸のれっきとした技術を身につけているということである。
「西の家」は本詩の直後に載る詩篇「西の家」に出る、馬車屋で畑作もやっている家と同一であろう。従って当該「西の家」の詩の最後に登場する老婆は本詩の「虱たかりの老婆」と同一人物となる。しかもこの「西の家」は『鮪に鰯』に収録されなかった詩篇「東の家と西の家」の中で、「東の家」(後の方に出る詩篇「東の家」の、かなり裕福と見受けられる厭味な農家)の小作としてその畑を耕していたが、戦後の農地改革で「東の家」と一悶着起こす、あの「西の家」とも同一と考えてよい。なお、詩篇「東の家と西の家」の私の注も参照されたい。]