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2014/04/03

篠原鳳作句集 昭和一〇(一九三五)年四月

  『くちづけ』

 

くれなゐの頰のつめたさぞ唇づくる

 

そのゑくぼ吸ひもきえよと唇づくる

 

くちづくるときひたすらに眉ながき

 

くちづくるとき汝(な)が眉のまろきかな

 

[やぶちゃん注:以上、「『くちづけ』」という総標題の連作であるが、最後に配した(実は底本ではこれが連作の頭にある)「くちづくるとき汝(な)が眉のまろきかな」という句は、鳳作の没後(昭和一一(一九三六)年九月十七日心臓麻痺により逝去)の翌昭和一二年九月の『セルパン』の朝倉南海男(「なみお」と読むか)編「篠原鳳作俳句抄」に載るもので、前の三句は昭和一〇(一九三五)年四月発行の『天の川』に発表されたものである。「『くちづけ』」という二重鍵括弧標題は映画の題名を匂わせるが、同時期の作品には見いだせない。一応、暫くはキス、口づけ、という一般名詞のそれを平仮名書きで強調表記したものととってはおく。この連作は、この一年前の昭和九年四月号『俳句研究』に発表されて一大センセーションを巻き起こした日野草城の連作「ミヤコ・ホテル」を想起させるが、前田霧人氏「鳳作の季節」で『草城の句と根本的に異なるのは、この作品がフィクションではなく新婚の実生活から出たものであり、また、無季であるという』点にあると述べておられ、鳳作の新婚の蜜月の実景句ととっておられる。

 

  ルンペン晩餐圖

 

ルンペンとすだまと群れて犬裂ける

 

ルンペンの唇の微光ぞ闇に動く

 

ルンペンを彼の犬の血のぬくめけむ

 

血ぬられたるルンペンの手が睡りゐる


[やぶちゃん注:前田霧人氏の「鳳作の季節」に、『篠原鳳作の周辺』(平良尚介・大山春明・砂川寛亮・伊志嶺茂・糸洲朝薫編昭和五六(一九八一)年四月「篠原鳳作の周辺」編集室刊)から教え子と思しい平良雅景氏の「ルンペン晩さん図」から、『先生は下宿の近くに漲水神社があって、その境内にはルンペンが二人寝ていた。この二人の男は犬捕り(野犬狩人)で、はじめて見る先生にはルンペンに見えたに違いない。その犬捕りが昼間から酒を飲んでは相棒の犬捕りと口論のあげく寝てしまい、また酔いがさめると漂泊の足どりで、どこかへ消えてゆく、人のよい先生は、このルンペンにビスケットやトマトをよく恵んで与えた。このことが、「ルンペン晩餐図」として発表されています』と引用されてある。漲水神社は宮古島市平良西里にある漲水御嶽(はりみずうたき)のこと。

 

  高層建築のうた

 

蒼穹にまなこつかれて鋲打てる

 

一塊の光線(ひかり)となりて働けり

 

鋲を打つ音日輪をくもらしぬ

 

鳴りひびく鐡骨の上を脚わたる

 

鐡骨の影の碁盤をトロ走る

 

鐡はこぶ人の體臭(にほひ)のゆきかへる

 

瞳にいたき光りを踏みて働ける

 

歪みたる顏のかなしく鐡はこぶ

 

たくましき光にめいひ鐡はこぶ

 

鐡骨の影切る地に坐して食ふ

 

鋲打ちてつかれし腰の地に憩ふ

 

靑空ゆ下り來し顏が梅干(うめ)ばかり

 

疲れたる瞳に靑空の綾燃ゆる

 

[やぶちゃん注:以上、「くれなゐの頰のつめたさぞ唇づくる」からの実に二十一句は総てが、昭和一〇(一九三五)年四月発行の『天の川』掲載句である。年譜によれば、『天の川』はこの四月から無季俳句の作品欄「心花集」を新設、その巻頭にこの「ルンペン晩餐圖」五句が発表されており、また、「高層建築のうた」十句も何と『天の川』巻頭に掲載されたものであった。まさに鳳作の特異点といってよい月であった。なお、前田霧人氏の「鳳作の季節」では、この連作「高層建築のうた」や後に掲げる連作「港の町 起重機」が実はこの昭和一〇(一九三五)年三月九日に母や秀子とともに鑑賞した一九三四年製作のジュリアン・デュヴィヴィエ監督作品「商船テナシチー」(Le Paquebot Tenacity)に触発されたものであるという事実を、映画の簡単なシノプシスも示されながら検証しておられる。

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