處女詩集 山之口貘
處女詩集
「思辨の苑」というのが
ぼくのはじめての詩集なのだ
その「思辨の苑」を出したとき
女房の前もかまわずに
こえはりあげりて
ぼくは泣いたのだ
あれからすでに十五、六年も経ったろうか
このごろになってはまたそろそろ
詩集を出したくなったと
女房に話しかけてみたところ
あのときのことをおぼえていやがって
詩集を出したら
また泣きなと来たのだ
[やぶちゃん注:【2014年7月3日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証した結果、私の判断で本文の表記を以下に綴るような理由で一部正字に変更した。それに合わせて注の一部を改稿・追加した。】初出は昭和三〇(一九五五)年五月号『小説新潮』。最初に底本とした旧全集版では「思辨の苑」は「思弁の苑」であったが、清書原稿を底本とした思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」の本詩に倣って正字化した。さらに旧全集及び新全集ともに標題は「処女詩集」であるのだが、新全集解題に草稿の詩題は正字の「處女詩集」である旨の記載があることから、清書原稿に最も近い形になるように以上のように復元した。因みに総ての漢字を正字化することも考えたが、他の詩との整合性がつかなくなるし、原稿を視認したわけでもないので断念した。一応、以下に恣意的に正字化したものも掲げておく。
處女詩集
「思辨の苑」というのが
ぼくのはじめての詩集なのだ
その「思辨の苑」を出したとき
女房の前もかまわずに
こえはりあげりて
ぼくは泣いたのだ
あれからすでに十五、六年も經ったろうか
このごろになってはまたそろそろ
詩集を出したくなったと
女房に話しかけてみたところ
あのときのことをおぼえていやがって
詩集を出したら
また泣きなと來たのだ
「あれからすでに十五、六年も経ったろうか」初出時から遡ると昭和一四、五年に相当。先に詩篇部と後記の全電子化を終えた山之口貘の処女詩集「思辨の苑」の初版本は昭和一三(一九三八)年八月一日に巌松堂「むらさき」出版部から出版されている。]