疎開者 山之口貘
疎開者
往きも帰りもそれが顔にひっかかり
村の途は蜘蛛の巣がうるさいのだ
そこで義兄が裏の竹藪から
若いのを一本切り出して来た
竹はまもなくすてっきに変った
ぼくは竹のすてっきを振り廻しては
蜘妹の巣をはらいのけ
振り廻してははらいのけて
未明の途を町の駅へと急ぐのだが
日暮れてはまたすてっきを
振り廻し振り廻し村に帰って来るのだ
ある日ぼくは東京の勤務先に
すてっきをおき忘れて帰って来た
女房から言われてふりむいて見ると
脱ぎ棄てたばかりの鉄兜に
煤色の蜘蛛がしがみついているのだ
[やぶちゃん注:【2014年7月22日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証済。注を一部訂正した。】初出は昭和二二(一九四七)年九月『歴程』。掲載誌の標題は「疎開して」。「疎開者」という題名や詩中に「鉄兜」とはあるが、この詩は戦後の景と考えられる。何故ならバクさんはかなり厳密に創作年代順に詩を逆編年で配列しているのであるが、この後の「弁当」という詩のコーダには「敗戦国の弁当そのものが/ありのままでも食い足りないのだが」とあるからである。]