篠原鳳作句集 昭和一〇(一九三五)年十月
燈臺守よ
大空の一角にして白き部屋よ
浪音にあらがふいのち鬚髯白く
浪音にあらがふいのち鬚髯(ひげ)白く
[やぶちゃん注:前者が十月発行の『天の川』と『傘火』発表の、後者が同月発行の『俳句研究』発表の句形。最初の「大空の」一句を除く(これは『傘火』と『俳句研究』に載るが『天の川』には不載)この連作をこれら三誌に発表するというのは特異点で、鳳作にしてみれば相応の自信作であったものと思われる。]
この椅子にぬくみ與へて老いにける
晝ふかき星も見ゆべし侘ぶるとき
晝ふかき星もみゆべし侘ぶるとき
[やぶちゃん注:前者が十月発行の『天の川』と『俳句研究』発表の、後者が同月発行の『傘火』発表の句形。]
浪音にまろねの魂を洗はるる
[やぶちゃん注:ここまでが「燈臺守よ」連作。]
海鳥生る
海神のいつくしき邊に巣ごもりぬ
海神の嚴(イツク)しき邊に巣ごもれる
[やぶちゃん注:前者が十月発行の『傘火』発表の、後者が同月発行の『俳句研究』発表の句形。]
雛生れぬ眞日のにほひのかなしきに
雛生(ア)れぬ眞白のにほひのかなしきに
[やぶちゃん注:前者が十月発行の『傘火』発表の、後者が同月発行の『俳句研究』発表の句であるが、この前句の「眞日」は単純に「眞白」の『傘火』の誤植ではあるまいか? 暫く並置する。]
海光のつよきに觸れて雛鳴けり
雛の眼に夜は潮騷のひびきけむ
雛の眼に夜はしほざゐの響きけむ
[やぶちゃん注:前者が十月発行の『傘火』発表の、後者が同月発行の『俳句研究』発表の句形。]
雛の眼に海の碧さの映りゐる
[やぶちゃん注:この句は『傘火』のみに載る。ここまでが「海鳥生る」の連作。]
月光
月光のすだくにまろき女(ひと)のはだ
セロ彈けば月の光のうづたかし
月光のうづくに堪へず魚はねぬ
時空
月光のこの一點に小さき存在(われ)
ひとひらの月光(つき)より小さき我と思ふ
[やぶちゃん注:以上、二つの「月光」及び「時空」連作はキャプションに『現代俳句 3』とある(恐らくは鳳作没後の昭和一五(一九四〇)年に河出書房から刊行された「現代俳句」第三巻)。前田霧人氏の「鳳作の季節」によれば、この「時空」は、『デカルト、パスカルなど初歩の哲学が加味され』たもので、『この「時空」は鳳作の生活俳句の対象が妻や灯台守から、遂に自分自身に到達した記念すべき作品であり、まだ甘くはあるが、その後の「自嘲」、「ラツシユアワー」などの先駆をなすものである』とまさに鳳作の特異点の句として高く評価されておられ、共感出来る。
ここまでの二十句は昭和一〇(一九三五)年十月発表及び創作(と判断されたものと思われる)句である。]