萩原朔太郎「ソライロノハナ」より「何處へ行く」(15) 「春のたはむれ」(前)
春のたはむれ
沈みゆくセロの響きに神經の
ふるふがごとき春の夕暮
行きづりの袢纏ばらが惡口(わるくち)を
こわがる君とあねもねを買ふ
[やぶちゃん注:「行づり」「こわがる」はママ。「袢纏」は原本では「纏」の字が「糸」でなく「衤」であるが、校訂本文を採った。]
たゞよへる祭の夜の灯の海に
我等は赤き帆をあげて行く
歌舞伎座のかへりに我をつゝみたる
床しきマントわすられぬひと
[やぶちゃん注:「歌舞伎座」は原本では「歌舞妓座」。以下に掲げる相同歌で訂した。この一首は、朔太郎満二十六歳の時の、大正二(一九一三)年十月十一日附『上毛新聞』に「夢みるひと」名義で掲載された五首連作の一首、
歌舞伎座(かぶきざ)のかへりに我(われ)をつつみたる床(ゆか)しきマント忘(わす)られぬひと
の表記違いの相同歌である。]
ヰオロンの小夜曲(セレネード)ともきゝ居りぬ
世にも悲しき訴へごとを
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