お前の刺客を私に殺たしめよ 山之口貘
お前の刺客を私に殺たしめよ
蔭の道德がお前におべつかをしたの?
否え戀人よ 私(わし)は決して輕薄(かる
はづ)みな拷問(とひ)をもつてお前の薰
りの中で乱暴しますまい
私(わし)私(わし)の意志を、理性の確信
をもつて是認せねばならぬ。
駄魔されてはいけない戀人よ お前は私(わ
し)達の本能の貪欲を 道德が時々卑しめ
にくる大馬鹿者であることをご存じないの?
たまらなくなつて内部に燃えてゐるその火
災(ほのほ)を戀人の胸の壁に破裂させる
時に、私(わし)達の意志の外部への摸索(て
さぐ)りを嫉妬(ねたみ)と怒りで害(さま
た)げてゐるのをご存じないの?
私(わし)達の邪魔物は 周圍の馬鹿な虛飾で
はないか戀人よ
私(わし)は是非寄り集つた人間達の愚かな小
細工を お前の真実の側から悉く退治せねば
ならない。
私(わし)の再三の嘆願が、生命掛けの心配
をもつてお前を打守つてゐる。
日は暮れてしまつた――
おゝ私(わし)の戀人よ お前の側にひそかに
立つてゐるお前の刺客を私に殺(う)たしめよ。
[やぶちゃん注:「駄魔されてはいけない戀人よ」の「駄魔」はママ。「私(わし)の再三の嘆願が、生命掛けの心配をもつてお前を打守つてゐる。」の頭が一字下げであるのもママ。ブログでの表示を意識して、わざと底本表記に準じて改行をしてみた。底本の連続する次行送りの一字下げを無視して表記すると以下のようになる(ルビを除去して示す)。
お前の刺客を私に殺たしめよ
蔭の道德がお前におべつかをしたの?
否え戀人よ 私は決して輕薄みな拷問をもつてお前の薰りの中で乱暴しますまい
私は私の意志を、理性の確信をもつて是認せねばならぬ。
駄魔されてはいけない戀人よ お前は私達の本能の貪欲を 道德が時々卑しめにくる大馬鹿者であることをご存じないの? たまらなくなつて内部に燃えてゐるその火災を戀人の胸の壁に破裂させる時に、私達の意志の外部への摸索りを嫉妬と怒りで害げてゐるのをご存じないの?
私達の邪魔物は 周圍の馬鹿な虛飾ではないか戀人よ
私は是非寄り集つた人間達の愚かな小細工を お前の真実の側から悉く退治せねばならない。
私の再三の嘆願が、生命掛けの心配をもつてお前を打守つてゐる。
日は暮れてしまつた――
おゝ私の戀人よ お前の側にひそかに立つてゐるお前の刺客を私に殺たしめよ。
大正七(一九一八)年~大正一〇(一九二一)年の間(バクさん十五歳から十八歳)に創作された作品。【二〇一四年五月二十四日追記】思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と校合した。]
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