飯田蛇笏 靈芝 昭和十年(九十九句) Ⅶ
大漁籃に日雨すぎつつ船の蠅
[やぶちゃん注:「大漁籃」は「おほびく」と訓じていよう。普通、捕獲した魚を入れおく「びく」は「魚籠」「魚籃」と書く。「日雨」既注。]
やまみづの珠なす蕗の葉裏かげ
娘のゑまひ錢をさげすみメロン買う
[やぶちゃん注:「買う」はママ。老婆心乍ら、「ゑまひ」は「笑まひ」「咲まひ」でほほえむこと、微笑。現代仮名遣では「えまい」。]
月見草墓前をかすめ日雨ふる
死火山の膚つめたくて草いちご
薤掘る土素草鞋にみだれけり
[やぶちゃん注:「薤」は「らつきよう(らっきょう)」若しくは「らつきよ(らっきょ)」で単子葉植物綱サスギカズラ目ネギ科ネギ属ラッキョウ
Allium chinense のこと。中七「土素草鞋に」は「つち/すわらぢに」と読む。]
鎌かけて露金剛の藜かな
[やぶちゃん注:「藜」は「あかざ」と読み、普通に目にするナデシコ目ヒユ科
Chenopodioideae 亜科 Chenopodieae 連 アカザ属シロザ Chenopodium album 変種アカザChenopodium
album var. centrorubrum
である。イメージ出来ない方のためにグーグル画像検索「Chenopodium album var. centrorubrum」を示しておく。]
行き行きて餘花くもりなき山の晝
[やぶちゃん注:「餘花」は「よか」で、初夏に入ってもなお咲き残っている桜の花を指す。夏の季語。]
蘆川大溪谷
鳶啼けり溪こだまして餘花の晝
[やぶちゃん注:「蘆川大溪谷」現在の甲府市古関町にある芦川渓谷。標高一七九三メートルの黒岳に源を発する芦川は笛吹市芦川町から甲府市古関町を経、市川三郷町で笛吹川と合流する延長二十五キロメートルに及ぶ清流で、流域には名勝・奇勝が多く、現在でも自然がそのままに残っている貴重な渓谷である。天然のイワナやヤマメ釣りでも知られ、シーズンには大勢の釣り人が渓流釣りを楽しむ、と「公益社団法人やまなし観光推進機構」公式サイト「ふじの国やまなし 観光ネット」の「芦川渓谷の紅葉」にある。]
聖堂の燭幽かにて花圃の秋
[やぶちゃん注:「花圃」は「かほ」と読み、お花畠。花園。これ自体が秋の季語となっている。]