篠原鳳作初期作品(昭和五(一九三〇)年~昭和六(一九三一)年) ⅩⅧ
掌に唾一ト吐きや年木樵
月の菊白とも見ゆれはた黄とも
大根干すうなじ打つたる霜雫
馳せよりて後ろ押しけり稻車
合住みの友を賴りや風邪籠り
もろ共に肥えて蝗のめをと哉
掛乞のおそれをなして歸りけり
[やぶちゃん注:「掛乞」は「かけごひ(かけごい)」と読み、掛け売り(代金後払いの約束で品物を売ること)の代金を取り立てに来る人のこと。]
おでん屋の湯氣の中なる主かな
書出しを留守のとぼそに挾みけり
[やぶちゃん注:「書出し」掛け売りで買い、その溜まっている代金の請求書。特に年末の決済のための請求書。勘定書。つけ。]
おでん屋をぬくもり出づるきほひ哉
[やぶちゃん注:これらの四句、偶然かも知れないが連続したものとして読め、さすれば、つっぱらかって偉そうにしかも安いおでん如きをつけで食っていた詩人、そのおでん屋の気のいいしかも気の弱い主人というシチュエーションが小気味いい組み写真となるよう思われるのであるが、如何?]
斑猫に足の運びを早めけり
[やぶちゃん注:「斑猫」は鞘翅(コウチュウ)目オサムシ亜目オサムシ上科ハンミョウ科ナミハンミョウ
Cicindela japonica 、所謂、ミチオシエである。人が近づくと一、二メートル程飛んで直ぐ着地するという行動を繰り返し、その過程で度々、後ろを振り返るような動作をする本種の習性をうまく詠み込んでいる。なお、「斑猫」全般については、私の「耳嚢 巻之五 毒蝶の事」の注で詳細を述べておいた。是非、参照されたい。]
道をしへ落陽の方へ返しけり
畦ゆけば畦ゆけばとぶ螽かな
[やぶちゃん注:「螽」は「いなご」と読む。]
御佛の小さき障子や洗ひをり