柴田天馬訳 蒲松齢 聊斎志異 酒虫
酒虫
長山の劉氏は飲みすけで、いつも独酌で一甕はあけるのである。負廓の田が三百畝あって、その半分には黍を植え、家は金持ちだったから、飲むために困るということはなかった。
ある時、番の僧が来たが、劉を見て、彼のからだには、ふしぎな病があると言った。劉が、
「ないよ」
と答えると、坊主は言った、
「あんたは、酒を飲んでも、いつも、酔わんじゃないかね」
「そうだ」
「それは、酒虫というやつなんだ」
劉は驚いて、医療を求めた。坊主が、
「わけは、ない」
と言うので、どんな薬がいるのか、聞くと、坊主は、
「いらんよ」
と言って、日なかに、うつむけに寝させ、手足を縛ってから、五寸ばかり頭を離れたところに、一器の良い酒を置いただけであった。しばらくすると、喉が、かわいて、ひどく飲みたいと思った。酒のにおいが鼻にはいって、饞火が大熾ていながら、飲めぬのが苦しいのである。と、喉が、にわかに、かゆくなった、と思うと、吐き出した物があって、すぐ酒の中に落ちた。いましめを解いてから、それを見ると、長さ三寸ばかりの、赤い肉のやつが、魚が泳いでいるように、うじうじと動いていた。口や眼が、ことごとく備わっているのである。
劉は驚いて、金をやったが、坊主は受けとらず、ただ虫をくれと言うので、何に使うのかと聞くと、
「これは酒の精なのです。甕の中に水を貯え、虫を入れて、かきまぜると、良い酒が、できるのです」
と言った。劉が試させてみると、果たして、そのとおりだった。
劉は、それから、酒を、かたきのように、にくんだが、からだが、だんだん瘦せてきて、家も、日々、貧乏になってゆき、のちには、飲み食いも、できなくなった。
異史氏いわく、日に一石を尽くしても、その富をそこなうことがなく、一斗も飲まずに、たまたま、もって貧を増す、というのは、飲み食いが、がんらい、運命で、きまっているのでは、あるまいか。ある人が、虫は劉の福で、劉の病ではないのを、僧が、ばかにして、自分の術を、なしとげたのだ、と言ったが、そうか、そうでないか。
注
一 城郭に接した良田である。史記の蘇秦伝に、蘇秦が「吾をして負郭の田二頃あらしめば、吾あに能く六国の相印を僻びんや」と言ったとある。ここでは負郭を、くるわ外、と訳しておく。
二 中国の一畝は、わが六畝ほどにあたる。三百畝は、わが十八町歩ぐらいである。
三 饞は、食慾であるが、ここでは飲慾に用いてある。くいたさ、では前文と一致せず、のみたさ、では原字と一致せぬので、ほしさ、と訳した。苦しいのである。
■原文
酒蟲
長山劉氏、體肥嗜飮。每獨酌、輒盡一甕。負郭田三百畝、輒半種黍。而家豪富、不以飮爲累也。一番僧見之、謂、
「其身有異疾。」
劉答言、
「無。」
僧曰、
「君飮嘗不醉否。」
曰、
「有之。」
曰、
「此酒蟲也。」
劉愕然、便求醫療。曰、
「易耳。」
問、
「需何藥。」
俱言不須。但令於日中俯臥、縶手足。去首半尺許、置良醞一器。
移時、燥渴、思飮爲極。酒香入鼻、饞火上熾、而苦不得飮。忽覺咽中暴癢、哇有物出、直墮酒中。解縛視之、赤肉長三寸許、蠕動如游魚、口眼悉備。
劉驚謝。酬以金、不受、但乞其蟲。問、
「將何用。」
曰、
「此酒之精、甕中貯水、入蟲攪之、卽成佳釀。」
劉使試之、果然。劉自是惡酒如仇。體漸瘦、家亦日貧、後飮食至不能給。
異史氏曰、「日盡一石、無損其富。不飮一斗、適以益貧。豈飮啄固有數乎。或言、『蟲是劉之福、非劉之病、僧愚之以成其術。』然歟否歟。」