生物學講話 丘淺次郎 第十章 雌雄の別 一 別なきもの (1)
一 別のないもの
原始動物中の「ざうりむし」や夜光蟲などは、相接合する二個の細胞の間に何の相違も見えぬから、これらこそは眞に雌雄の別のないものといへるが、その他の動物では、たとい雌雄の別が少しもない如くに見えても、その生殖細胞を見れば、明に卵と精蟲との區別がある。即ち生殖細胞の區別を除いては、他に何の區別もないといふに過ぎぬ。
[やぶちゃん注:『「ざうりむし」や夜光蟲などは、相接合する二個の細胞の間に何の相違も見えぬから、これらこそは眞に雌雄の別のないものといへる』現在、ゾウリムシは有性生殖としての接合を行う際に特定の相手、即ち、雌雄の性差に相当する対象選択限定しており、そこには雌雄二別どころではない、複数の性差、ゾウリムシでは「接合型」と呼ぶが存在していることが判明している。私が高校時分に習った際には参考書の図では三種(確か+/-/±の記号で区別してあったように記憶する。因みに私は文系であったが生物Ⅱまで受講した)であったように記憶していたが、この分野の日本でのパイオニアであられる樋渡(ひわたり)宏一先生の『私の「生」・ゾウリムシの「性」』(「JT生命誌研究館」の「サイエンストライブラリー」内)の記載によれば、異なった遺伝子を持つ接合可能な性別があるという事実は一九三七(昭和一二)年にアメリカのインディアナ大学のソネボーンによって発見されており、しかも雌雄二種どころか、一九四一年の段階では二つの互いに引き合う接合型(これを性とみなす)のペアからなる五つのゾウリムシの性のグループが、アメリカのギルマンによって報告されていたとあり、その後の叙述を見る限りでは現在ゾウリムシには十六の性グループがあることが明らかになっている。本テクストの底本は大正十五(一九二六)年東京開成館刊第四版であるから、ゾウリムシの「性」の発見はこの十一年後のことであった。いや、そもそもモルガンらのグループによってショウジョウバエの四つの染色体上に座す五十個の遺伝子の世界で初めての相対位置が決定・発表されたのは、このたった四年前の一九二二年であったことを、何よりも先に記しておかねばならなかったと言えよう。]