『風俗畫報』臨時増刊「江島・鵠沼・逗子・金澤名所圖會」より逗子の部 秋名の山
●秋名の山
大楠山ともいふ、中西浦村大字秋谷の東北に聳え、仮面を抽(ぬ)く七百二十五尺、群内第一の高山なり、秋谷村より阪路(はんろ)二十町餘、山顚には大樹老木の類なく、之に登臨すれば、眼界豁然として開け、馳望千里、近國の名山悉く指點すべし、萬葉集に歌あり。
あしかりの秋名の山にひこ舟の
しりびかしもよこゝはこかたに
と即ち此地の風色(ふうしよく)を詠ぜしものなり。
[やぶちゃん注:横須賀市西部にある標高二四一・三メートルの山(本文の「七百二十五尺」はやや低く二一九・七メートル相当)。三浦丘陵の一角をなし、三浦半島最高峰。ウィキの「大楠山」によれば、『標高は高くないものの周囲に自身より高い山が無く、山頂からの眺望の良さで知られる。三浦半島全域から相模湾、東京湾や房総半島をはじめ、気象条件が良ければ富士山や伊豆半島、東京都心までを眺められる』とある。横須賀市経済部商業観光課公式サイト「ここはヨコスカ」に載る、秋名漁港から頂上までの約三・六キロメートルの「大楠山ハイキングコース(前田川ルート)」である(本文の「二十町餘」は二・二~二・八キロメートル相当でこれはやや短過ぎる)。
「馳望千里」「馳」は音「チ」で眼をはしらせればということであろうが、実はこの冒頭「逗子の部」の「逗子案内」の中の最後の部分の、この秋名の山の解説に既に「馳望(てうぼう)千里」と出る。このルビからは「眺望」の積りであるらしい。
「あしかりの……」これは「万葉集」巻第十四の「東歌」の「相模國の歌」三首の冒頭(三四三一番歌)、
足柄(あしがり)の安伎奈(あきな)の山に引(ひ)こ船の後引(しりひ)かしもよここば來(こ)がたに
である。上句が序詞となっている。
……足柄山のあきなの山、その山の中の巨木を削って造った船、それが出来上がって海へと引き下ろす……その後ろから引き支えながら下すように……後ろ髪が引かれるんだ、お前が恋しくて恋しくて……とてものことに、帰りがたいんだ……
であるが、「足柄」は明らかに現在の神奈川県足柄上・下両郡であろうと思われる(「安伎奈の山」はその山中のピークの名か、今に伝わらぬ)。]
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