盲目の子 山之口貘
盲目の子
人樣の按摩をとる時に お前はお前の目蓋にい
つも如何なことを考へてゐるの?
お前は知つてるかしら お前の指の觸覺(さは
り)に 如何な感じのながれてくる時女の肉
體なの? お前と無駄話をする時に如何な聲
音ではなすのは美人なの?
また絵はお前に如何な不思議な想像を描かし
めてゐるの?
おゝ不運はお前の視覺を何處へえぐりとつて行
つたのだ 馬鹿な愚かな不運は!
盲目の子よ お前はお前の靑い色をもつて私(わ
し)達の言ふ赤い色と思つてゐはせぬか 不
思議な惡魔のしわざに視覺を失くしたその眼
球(たま)に。
おゝ盲目よ だが私(わし)は不思議でならな
い――
お前はお前の盲目を如何な風にして眠るのか!
暗い夜が地上に眠りを持つてくる時に、 私
(わし)達の瞼(まぶた)はだるくなるの
に おゝ私(わし)は全く不思議でならな
い お前は如何な術をもつて眠ることが出來
るのか!
[やぶちゃん注:大正七(一九一八)年~大正一〇(一九二一)年の間(バクさん十五歳から十八歳)に創作された作品。思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と校合した。太字「しわざ」は底本では傍点「ヽ」。「また絵はお前に如何な不思議な想像を描かしめてゐるの?」の頭が一字下げであるのもママ。ブログでの表示を意識して、わざと底本表記に準じて改行をしてみた。底本の連続する次行送りの一字下げを無視して表記すると、
盲目の子
人樣の按摩をとる時に お前はお前の目蓋にいつも如何なことを考へてゐるの?
お前は知つてるかしら お前の指の觸覺に 如何な感じのながれてくる時女の肉體なの? お前と無駄話をする時に如何な聲音ではなすのは美人なの?
また絵はお前に如何な不思議な想像を描かしめてゐるの?
おゝ不運はお前の視覺を何處へえぐりとつて行つたのだ 馬鹿な愚かな不運は!
盲目の子よ お前はお前の靑い色をもつて私達の言ふ赤い色と思つてゐはせぬか 不思議な惡魔のしわざに視覺を失くしたその眼球に。
おゝ盲目よ だが私は不思議でならない――
お前はお前の盲目を如何な風にして眠るのか! 暗い夜が地上に眠りを持つてくる時に、私達の瞼はだるくなるのに おゝ私は全く不思議でならない お前は如何な術をもつて眠ることが出來るのか!
のようになる(ルビを除去して示した)。【二〇一四年五月二十四日追記】以上は、二〇一四年五月二十四日に行った新全集との校合によって、一部の表記の特異性が判明したため、全面的に改稿した。]
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