耳嚢 巻之八 いぼの呪の事 / たむし呪の事
いぼの呪の事
いぼの呪(まじなひ)、品々あるなれど、三ケ月へ豆腐一丁を備へ念頃に斬る時は、その直る事妙なり。右豆腐は川へ流し捨る事なり。あやまつて其豆腐を喰物は、いぼその喰(くひし)物へ生ずる事、又奇妙の由、人の語りぬ。
□やぶちゃん注
○前項連関:なし。民間療法呪いシリーズで一種のあるが、豆を潰した豆腐と月の痘痕と疣の類感呪術かと考えて見たりするが、どうも疣と豆腐と月の関係が今一つ見えてこない。識者の御教授を乞うものである。
・「いぼの呪、品々ある」以前にリンクしたことがある、静岡市葵区太田町の平松皮膚科医院の院長平松洋氏のサイト内の「いぼとり
神様・仏様」の「いぼ取りのおまじない」を参照されたい。一番下には本項が取り上げられており、また別リンクで甲斐素直氏の非常に優れた解説「名奉行根岸肥前守鎮衛の話」を読むことが出来る。孰れも必見。
・「その喰物」底本鈴木氏注に『三村翁注「その喰物は、喰ひし者の誤りなるべし、疣は無花果の成熟せざる実の白き汁を付くればよくとれるものなり。実なければ、葉の茎を折りて汁をつけてもよし。所謂民間療法の一なりけり。」筆者も少年時代にやったが、さしてきかなかった』とある。こういうところが、鈴木棠三先生、大(だぁい)好き♡
■やぶちゃん現代語訳
疣(いぼ)取りの呪(まじな)いの事
疣取りのまじないには実にいろいろあるのであるが、三日月へ豆腐一丁を供えて誠心に祈時は、即座に治ること、これ、実に神妙である。但し、供えたその豆腐は川の中に流し捨てることが肝要である。誤ってその豆腐を食ってしまうと、その喰った者へ疣がうつる。これまた如何にも奇妙乍ら、確かなことであると、ある人の語って御座った。
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たむし呪の事
田蟲を愁ふる者、唐墨(からすみ)を濃くすりて田蟲の上をぬり、右の上へ紙にて押(おし)候へば右墨紙へうつるを、右紙を燒(やき)すてぬれば、立所にたむし直るとなり。
□やぶちゃん注
○前項連関:民間療法呪いシリーズで直連関。墨には殺菌作用があるから、これは前の豆腐と月より信じられる。
・「田蟲」白癬の一種で、皮膚に小さな丸い斑点が生じ、それが次第に周囲に向かって円状(銭状)に広がって、中央部の赤みが薄れて輪状の発疹となる。痒みが激しい。股間に生ずるものは特に陰金田虫(いんきんたむし)という。銭田虫。
・「唐墨」中国製の墨。
■やぶちゃん現代語訳
田虫を治す呪(まじな)いの事
田虫を患っている者は、唐墨(からすみ)を濃く擦って田虫の上に塗りつけ、その上を和紙にて強く押すと、その塗った墨が紙へ移るが、その紙を即座に焼き捨てれば、立り所に田虫は治るということである。