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2014/05/22

耳嚢 巻之八 痳石の事

 痳石の事

 

 淸水勤番をなしける倉持忠左衞門は、森田が門弟にて笛を吹き、予が許へも來りしが、或時暫く來らざる事あり。一體堅直なるおの子なりしが日を隔て來り、不計(はからざる)煩しき事ありてとだへぬ、いゝしに、奇なる病を請(うけ)て大きになやみし由。其譯は、前々痳疾(りんしつ)の愁(うれひ)もありしが、絶(たえ)て其愁ひ忘れしに、與風(ふと)他へ行しに、通じを催しけるに任せ用場(ようば)へむかひしに、いさゝかしたゝり候迄(にて)、通氣はしきりなれど一滴も出ず。陰莖の先につまりて、えぐる如くいたみければ、せんすべなく漸く歸宅して臥りけるが、其夜は眠る事もあたはず。是は小便へいならんと、醫師にも見せ藥用もなし、また人の傳へに、山中に生(しやうず)るさるおがせをめば痳疾に妙なる由故、猿おがせを取寄(とりよせ)細末にして砂糖に和して呑(のみ)けるが、右猿おがせの驗(しるし)にや、餘程通じもつきて少しく難儀を忘れしに、明けの日小用なしけるに、又候(またぞろ)鈴口いたみ、通氣をおさえけるに與風(ふと)手をやりみれば、何か指にさわる尖(とげ)の如くいたむゆゑ、物こそあれと、百計しけるに漸く一物を鈴口より取出しぬ。凡(およそ)長さ貮分(ぶ)程巾(はば)壹分程にて、色うるみ鼠色ともいへる石なり。所謂齒のしほの如く、かたき物なり。夫(それ)より全快して、常に服し、右石を鹽(しほを)以(もつて)よく淸め洗ひて、後世の者の心得のため祕め置(おき)しとて見せけるが、倉持が申(まうす)が如く、諸醫に見せけるが、石痳(せきりん)の石と云(いふ)もあれど至(いたつ)て小さきもの細末なるは見しが、かゝるはいまだ見ずといゝけるよし、倉持かたりぬ。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:疾病物の尿路結石事例。話柄としては長いが、これも所謂、民間療法シリーズの一種としても見ることが出来る。

・「痳石」「りんせき」と読む。腎臓や尿管・膀胱などの尿路結石を指すものと思われる。ウィキの「尿路結石」をリンクしておくが、ここで主人公倉持の尿道から出たそれは決して特異なものとは思われない。調べてみると、長崎県佐世保市高砂町の「きたやま泌尿器科医院」の公式サイト内の尿路結石のページに、尿路結石の中でも八〇%を占めるものがシュウ酸カルシウムを主成分とする結石で、その形状は金平糖状又は表面がギザギザな形になるため、小さくても尿管に引っ掛かり易く、排出され難い、とある。実際、画像検索でみるとまさに尖った結晶の集合体で、倉持が排出したのはその一片という感じが強くする。訳は以下の淋病との非医学的誤解を避けるために「結石」とした。

・「淸水勤番」「淸水」は清水徳川家。清水家。江戸中期に徳川氏一族から分立した大名家御三卿(ごさんきょう)の一つで、始祖は第九代将軍家重次男徳川重好(他の二家は第八代将軍吉宗次男徳川宗武を始祖とする田安家と同じく吉宗四男徳川宗尹(むねただ)を始祖とする一橋家)。「勤番」は諸大名の家来が交代で江戸・大坂の藩邸また遠方要地に勤めることをいうから、ここは特に御三卿清水家に配された幕臣の警護職ということか。

・「森田」能楽囃子方笛方の森田流。名人笛彦兵衛(檜垣本彦兵衛)を芸祖とし、千野与一左衛門・牛尾玄笛と相伝、流祖森田庄兵衛光吉が一家を成して徳川家康に抱えられた。江戸時代には観世流の座付として活動した。四座筆頭の観世流座付であるところから江戸時代には幕府・紀州藩を始めとして諸藩に森田流の役者が抱えられていた。但し、明治末に宗家は絶えている(以上はウィキの「森田流」に拠る)。岩波版長谷川氏注に『当時七世庄兵衛光浮』とある。

・「いゝしに」底本では右に『(ママ)』注記がある。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では正しく『と言(いひ)しに』となっている。

・「痳疾」淋疾。性病である尿道が炎症を起こして尿が出にくくなる淋病のこと。因みにこの「痳」に字の正字のように見えてしまう「痲」という字は実は音「マ・バ・メ」で、しびれ・痺れるの意で、麻疹(はしか)を指す全く別の漢語であったが、これも「痳」と混用された。

・「いさゝかしたゝり候迄(にて)」底本には本文の「(にて)」の右に『(尊經閣本)』とあってそれによって補った旨の傍注がある。

・「小便へいならん」底本では「へい」の右に『(閉)』と傍注する。

・「尖(とげ)」は底本のルビ。

・「通氣」力むと、体感としては尿道を尿が通じようとしている風には感ずる、ということらしい。

・「さるおがせ」菌界子嚢菌門チャシブゴケ菌綱チャシブゴケ目ウメノキゴケ科サルオガセ属 Usnea の地衣類の総称。樹皮に付着して懸垂する糸状の地衣類で、ブナ林など落葉広葉樹林の霧のかかるような森林の樹上に着生する。その形は木の枝のように枝分かれし、下垂する。日本ではおよそ四十種が確認されており、世界では六百種を超えるとされる。和名は「猿尾枷」「猿麻桛」などと書き、「霧藻」「蘿衣」ともいう(以上はウィキの「サルオガセ」に拠った。グーグル画像検索「サルオガセ」)。

・「長さ貮分程巾壹分程」長さ約六ミリの幅三ミリ程。まさに「尖」、針状の結晶であったらしい。

・「齒のしほ」歯石のことか。

・「石痲の石」これは無論、症状から見ても、倉持がかねてより慢性罹患している淋病とは別な尿路結石である。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 結石の事

 

 清水家勤番(しみずけきんばん)を致いておる倉持忠左衛門は、観世流笛方森田流の門弟にして、笛を巧みに吹き奏で、私のところへもしばしば訪ねて参る者で御座るが、ある時、暫く来訪致さぬことが御座った。がっちりとした体形にて真正直なる男で御座ったが、かなり日が経ってから再来致いて、

「……不測の、煩しきことどもの御座って、まっこと、御無沙汰致いて御座った。」

と詫びた上、

「……実は……まっこと、奇妙なる病いに罹り……いや、もう、大いに苦しみましてのぅ……」

との由。その仔細を聴けば……

   *

……拙者……前々より長患いの淋疾(りんしつ)によって不快な思いずっと続けておりましたが……ここのところはずっと、絶えてかの苦しみものぅなって、淋の病いのこと、これ、すっかり忘れておりました。……ところがある時、ふと、私用にて他所(よそ)へと参り、小用を催したによって何ということものぅ、そこの厠へと向かいました……ところが……ちょろっと……ほんの少しばっかり出て御座っただけにて、ウン! と力めば、尿が出でんとする気配は頻りに御座れど、これ、後は一滴も出でんので御座る。……陰茎の先が明らかに詰った感じが致いて、その先が、これまた、小刀で抉ったかの如く痛み、それがまた消えませなんだによって、せん術(すべ)ものぅ、足元もおぼつかぬ体(てい)にて、ようよう帰宅致いて、横になってはみたものの、一物の激痛、これ、恐ろしいばかりに劇しいものにて、結局、その夜は眠ることも出来ませなんだ。……さても翌日、

「……これはもう……小便の閉(へい)となったに相違ない。……さても死に至る様態じゃ……」

と、早々に医師にも見て貰い、処方を出いて貰(もろ)うては服用もなし、また、それ以外にも、知れる人がりの話によれば、

――山中に生ずるところの猿尾枷(さるおがぜ)と申す草を煎じて呑めば、痳疾本復絶妙――

なる由聴きましたによって、その猿尾枷なるものをも取り寄せ、細かな粉に致いて、砂糖を和しては、日に何度も呑んでおりましたところが……これ、この猿尾枷の効験(こうげん)ででも御座いましょうものか……以前のように、全く普通に小水が出ずるようになり、少しく下(しも)の難儀を忘れて御座いました。……ところが、そんな全快致いたかと喜んだ、翌朝のこと、小用致いて御座ったところが……またぞろ、一物の鈴口が俄かに痛みだし、またまた……何物かが排尿が抑えたる感じの致せばこそ……ふと、竿に手をやってみましたところが……何やらん……触れた指に……これ、陽物のまさに内側より

――ツン!

と突き刺さるような痛みを感じました。……それは明らかに……指に立たんとする棘(とげ)の如き痛みにて、さればそれは

――何か、ある物が一物の管(くだ)の内につまっておる

といったような感じにて御座いました。されば……いろいろ……その……試みまして……ようやっと、その妖しの一物を鈴口より取り出いたので御座る。

――凡そ長さは――二分(ぶ)ほど、幅は一分ほど

にして、

――色は――水気を持ったる、濁った鼠色といった感じの

「石」で御座った。所謂、歯磨きを怠りますると歯の間に歯石と申すものが出来まするが、丁度、あれに似たようなもので御座って、いや、もう、石の如く固い物にて御座った。……いや……それよりすっかり全快致いて、かくも常(つね)の体(からだ)に服しました。……されば、その石をば塩を持ってよく洗い清め、後世の医師や似たような病いに悩むめる御仁の心得のために、秘かに残しおいて御座いまする。……

   *

と申し、持参致いたそれを私に見せて呉れた。

 確かに倉持の申すが如き不可思議なる物にて、倉持によれば、

「……諸医に見せましたところが、『尿路の結石というものはあるが、それらは至って小さいものにして、砂粒の様なるもの、粉末のようなるものならば、これ、見たことがあるものの、このように太き針のようなるものというは、これ、いまだに見たことがない』

と言うておったとのこと。

 以上は私が直に倉持から聴いた話にして、実物も確かに見せて貰ったもので御座った。

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