柴田天馬訳 蒲松齢 聊斎志異 妾撃賊
ある夜、数十人の集団強盗が
戸はまさに、こわれようとしている。
妾は黙って、そっと起きた。閣の中で、しきりに、そこらをさぐつていたが、やがて一本の
妾は杖を地に突き、にっこり笑って、
「こいつらはいまかたづけてしまわないと、また賊になるだろうが、あたしは、おまえたちを殺しはしないよ。虫けらを殺したんじゃ、あたしの顔にかかわるからね」
そして逃がしてやったのである。
某は、びっくりした。どうして、そんなに強いのだ、と聞くと、妾は恥ずかしそうに、つつましく答えたのである、 「わたくしの父は、もと槍棒の師範を致しておりましたので、すっかり秘術を伝えられたのでございます。百人やそこらの相手なら、なんでもございません」
妾の話を聞いて、いちばんひどく驚いたのは本妻だった。今まで見さかいもなく打ったり叩いたりしたのを思うと、冷や汗が流れるのだ。で、それからは妾をかあいがり、まったく今までの態度を一変するようになった。が、妾は、やはり忠実に仕えて、少しも本妻に対する礼儀を失うようなことはなかった。ある時隣のかみさんが、妾に向かい、
「ねえさんたら、あれだけのどろぼうを、まるで豚か犬ころみたいになぐりつける腕まえがありながら、なぜ、おかみさんに、おとなしく打たれていたのさ」
と言うと妾は答えた、
「それが妾の身分ですもの。何も言うことはありませんわ」
聞き伝えた人たちは、ますます妾の賢さをほめたのであった。
■原文
妾擊賊
益都西鄙之貴家某者、富有巨金。蓄一妾、頗婉麗。而冢室凌折之、鞭撻橫施。妾奉事之惟謹。某憐之、往往私語慰撫。妾殊未嘗有怨言。
一夜、數十人踰垣入、撞其屋扉幾壞。某與妻惶遽喪魄、搖戰不知所爲。
妾起、嘿無聲息、暗摸屋中、得挑水木杖一、拔關遽出。群賊亂如蓬麻。妾舞杖動、風鳴鉤響、擊四五人仆地。賊盡靡、駭愕亂奔。牆急不得上、傾跌咿啞、亡魂失命。
妾拄杖於地、顧笑曰、
「此等物事、不直下手插打得。亦學作賊。我不汝殺、殺嫌辱我。」
悉縱之逸去。
某大驚、問、
「何自能爾。」
則妾、
「父故槍棒師、妾盡傳其術、殆不啻百人敵也。」
妻尤駭甚、悔向之迷於物色。由是善顏視妾。妾終無纖毫失禮。鄰婦或謂妾、
「嫂擊賊若豚犬、顧奈何俛首受撻楚。」
妾曰、
「是吾分耳、他何敢言。」
聞者益賢之。
異史氏曰、「身懷絶技、居數年而人莫之知、而卒之捍患御災、化鷹爲鳩。嗚呼、射雉既獲、內人展笑。握槊方勝、貴主同車。技之不可以已也如是夫。」