殺意が押し開けてしまつた 山之口貘
殺意が押し開けてしまつた
梅雨がお前の髮の毛を濕らせてゐるときに、夕暮が松林に降りてあたりが物寂しくなつたときに、二條の麻繩が私(わし)の手に絡んでしまつた。
もうお前が仕事から歸へらねばならぬ時刻(とき)が來た戀人よお前は冷汗ですつかり白粉を洗ひおとしてしまへ、お前の着物や洋傘をすつかり友達のと取換へてしまへ、お前は變裝せねばならぬ
私(わし)の重たい苦悶の扉を 殺意が押し開けてしまつた。
お前の許婚は遠い南の國の涯で、私(わし)からお前を奪つた誇りを打ち忘れ、彼は彼の学業(まなび)を怠り 心配をすつかり私(わし)の方へ集めてゐる。
私(わし)の詩の愛好者よ 戀人よ 私(わし)はお前が女であることを知つてゐる。よく知つてゐる。そうしてお前の許婚は富豪の息子である。お前の母は頑固な商人である。
あゝお前の許婚はお前のうつくしい世評を奪ひ、お前の知識と情とを ずるずると貪慾の牢に引き摺る
夜は都會の隅々にしのびいり 墓場の番小屋には灯がついた
お前の唇から諦らめの憂鬱がのぞいてゐる。私(わし)はお前の目蓋のかすかな皺の心配を知つてゐる
私(わし)はお前の許婚に、私(わし)の一番大切なお前の死を感知させねばならない。癇癪が私(わし)を生命掛けに怒らせてゐる。私(わし)の視線は電氣のやうに顫えあがり 私(わし)の嗅覺は溜息をついて待ちかねてゐる……
あゝ 戀人よ
お前の無言の唇を開けよ。
[やぶちゃん注:大正七(一九一八)年~大正一〇(一九二一)年の間(バクさん十五歳から十八歳)に創作された「初期詩篇」群八篇の掉尾にあるもの。逆編年配列である、旧全集の於ける残存すると考えられたバクさんの最も古い詩篇ということになる。一部に特異な改行部があるため、ブログ幅に対応させて以上のような仕儀をとった。問題の箇所は「お前は冷汗ですつかり白粉を洗ひおとしてしまへ、お前の着物や洋傘をすつかり友達のと取換へてしまへ、お前は變裝せねばならぬ」で、これは前からの続きではなくて、一字下げになっているからである。しかも、それが更に改行される場合(最初の「あゝ暗い廢顏の……」の一箇所)には今までの改行法(前行より一字下げ)と異なり、下げずに前行と同じ高さで改行されてあるからである。近々手元に入る新全集詩篇との校合を待ちたい。本詩を以って底本とした旧全集である思潮社一九七六年刊「山之口貘全集 第一巻 全詩集」に載る詩篇の全篇電子化を終了した。
【二〇一四年五月二十四日追記】思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と校合した。新全集では先の「むかしのお前でないことを」で「燈」が使用されており、ここは「灯」となっているので、ママとした。また、松下博文氏の解題によれば、これらの纏まった詩八篇は表紙に「◎詩集 中学時代/控原稿/詩稿 自一九一八年 至一九二一年/八篇(製作順)/山之口貘」と書かれてあり、『以下、製作時期の古い順に「むかしのお前でないことを」から「殺意が押し開けてしまつた」までの八篇を収める』とある。従って、この詩は大正七(一九一八)年~大正一〇(一九二一)年の間(バクさん十五歳から十八歳)に創作された「初期詩篇」群八篇の内、最も新しいものということになるので、ここに訂する。]
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奇しくも今日、思潮社版の新しい「山之口貘全集Ⅰ 詩篇」を入手予定。まだまだバクさんとの旅は続く――
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