萩原朔太郎「ソライロノハナ」より「何處へ行く」(16) 「春のたはむれ」(後)
あやうくもこと定まりし別れ路を
またかゝること言ひて泣かせ給ふか
[やぶちゃん注:「あやうく」はママ。]
荒(すさ)み樽心のこのごろ君をえて
夜も日もわかず消息を書く
「許せ」「否輕き眩暈(めまい)す」かの夜の
暖爐はげにもあつすぎしかな
[やぶちゃん注:「眩暈」の「暈」は原本では「曇」。誤字と断じて訂した。改訂本文も「眩暈」とする。そのルビ「めまい」はママ。改訂本文は「暖爐」を「煖爐」とするが、従わない。]
若き身のわれが奏するマンドリン
ちゝろちゝろと泣くが哀しき
キユラソオの淡きにほひの漂へる
くちびるをもて吸はれけるかな
[やぶちゃん注:「キユラソオ」フランス語“curaçao”。キュラソー。リキュールの一種。オレンジの果皮から香気をラム酒やブランデーに浸出させた甘い洋酒。カクテルに用いる。元来はのキュラソー島(カリブ海南部ベネズエラ沖にあるオランダ自治領)産のオレンジを用いたことに由来する。]
寢室の窓のガラスに息かけて
君が名をかく雪どけの朝
[やぶちゃん注:いつもと同じく、最後の一首の次行に、前の「雪どけの朝」の「ど」の左位置から下方に向って、最後に以前に示した黒い二個の四角と長方形の特殊なバーが配されて、「春のたはむれ」歌群の終了を示している。]
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