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2014/05/28

柴田天馬訳 蒲松齢 聊斎志異 宅妖

 宅妖たくよう

 大司寇だいしこう一の甥にあたる長山の李翁の家には、あやしいことが多かった。
 あるとき、見ると、広間に大きな肉紅色の春櫈こしかけがおいてあるのだ。李の家には、もとから、そんな物はなかったから、怪しみながら近よってなでてみると、手につれて曲るぐあいが、まるで肉のようにやわらかだった。李は驚いてあとずさったが、ふりかえって見ると、四足を動かして、だんだん壁の中にはいって行った。
 また、きよらかな、ながい、白い棒が壁に立てかけてあるのを見て、近よって、それを持とうとすると、ぐにゃりと倒れて、うねうね壁にはいって行き、やがて見えなくなってしまった。
 康熙十七年、王俊升おうしゅんしょうという秀才が、その家で子弟に教えていたが、ある日暮れ、燈火をつけてから、靴をはいたまま寝台に寝ていると、三寸ばかりの小人が外からはいって来て、ちょっとひとまわりして、また、行ってしまった。しばらくすると、二つの小さな腰かけをになってきて座敷にすえた。それはまるで子どもたちがつかう玉蜀黍とうもろこししんでこしらえたもののようだった。また、しばらくすると、二人の小人が、一つの棺をかついではいって来た。棺は長さがやっと四寸ばかりのもので、それを腰かけの上においた。そして、まだかたづかないうちに、一人の女が数人の廝婢めしつかいをつれてやって来た。みんな前のような小人ばかりである。女は※衣もふくをきて、麻ひもで腰をしぼり、頭を白い布でつつんでいたが、袖で口をおおい、おうおうと泣く声ほ、大きな蠅のようだった。[やぶちゃん字注:「※」=「衤」+「衰」。]
 王は、しばらく見ているうちに、からだに霜がかかったように、ぞっとしてきたので、わっといって駆けだそうとした。が、寝台の下にころげ落ちたまま、わなわなして、立つことができなかった。
 うちの人たちは、その声を聞きつけて、みんな集まったが、部屋の小さな人物は、もう見えなかった。

  注

一 清朝の刑部尚書である。

■原文

 宅妖

長山李公、大司寇之姪也。宅多妖異。
嘗見廈有春凳、肉紅色、甚修潤。李以故無此物、近撫按之、隨手而曲、殆如肉耎。駭而卻走。旋囘視、則四足移動、漸入壁中。
又見壁間倚白梃、潔澤修長。近扶之、膩然而倒、委蛇入壁、移時始沒。
康熙十七年、王生俊升設帳其家。日暮、燈火初張、生著履臥榻上。忽見小人、長三寸許、自外入、略一盤旋、即復去。少頃、荷二小凳來、設堂中、宛如小兒輩用梁䕸心所製者。又頃之、二小人舁一棺入、僅長四寸許、停置凳上。安厝未已、一女子率廝婢數人來、率細小如前狀。女子※衣、麻綆束腰際、布裹首、以袖掩口、嚶嚶而哭、聲類巨蠅。[やぶちゃん字注:「※」=「衤」+「衰」。但し、原参考引用元では「※衣」を「衰衣」とする。]
生睥睨良久、毛森立、如霜被於體。因大呼、遽走、顛床下、搖戰莫能起。
館中人聞聲畢集、堂中人物杳然矣。

[やぶちゃん注:私は個人的にこの掌篇の怪異を殊の外、偏愛している。それはその怪異が何らの動機も不吉の前兆ともされずに、ただ投げ出されてあるからである。真に恐ろしい幽霊屋敷、怪談のとはかくなるものをいうと私は信じて疑わないからである。]

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