大和本草卷之十四 水蟲 介類 海鏡
【外】
海鏡 嶺表錄異記ニアリ此地ニテ月日貝ト云大ナリ
其カラ兩片ノ内一片ハ赤ク一片ハ白シ但本草ニハ悉ニ不合
時珍兩片相合成形ト云ニハ似タリ其カタチヒラシ
〇やぶちゃんの書き下し文
【外】
海鏡 「嶺表錄異記」にあり。『此地にて月日貝と云ふ。大なり。其のから、兩片の内、一片は赤く、一片は白し。』と。但し、「本草」には悉〔(すべて)〕に合はず。時珍は、『兩片相ひ合して形を成す。』と云ふには似たり。其のかたち、ひらし。
[やぶちゃん注:「外」とするが、少し同定を試みるならば、まさに名にし負はばなのは本邦でも採れる斧足綱異歯亜綱マルスダレガイ上科マルスダレガイ科のカガミガイPhacosoma japonicum である。しかし、益軒も指摘するように、この「海鏡」に相当する「本草綱目」の記載である「海月」の条を読むと、カガミガイPhacosoma japonicum では殻の内側は、時珍の述べているように「瑩滑」(艶やかな輝きで滑らか)ではないのである。一方、「海鏡」という文字を見ていると私などは、同じように円形に近く、そのような真珠光沢を持つものとして、真っ先に斧足綱翼形亜綱カキ目イタヤガイ亜目ナミマガシワ上科マドガイ科のマドガイPlacuna placenta が浮かべるのである。こちらはそれこそ、その内側が「雲母」様であり、古くから中国・フィリピン等に於いて家屋や船舶の窓にガラスのように使用され、現在でも、ガラスとは一風違った風合いを醸し出すものとして、照明用スタンドの笠や装飾モビール等の貝細工に多用されているのは周知の事実である。私は「兩片相ひ合して形を成す」という点では、この二種が時珍のいう「海月」=「海鏡」であろうと踏んでいる。実は既に私は「和漢三才圖會 卷第四十七 介貝部 寺島良安」の「海鏡(うみかゞみ)」の項でそのように同定したのである。ところが、実はここでは「月日貝」という呼称とその色彩上の特異さからは、これはもう――少なくとも「嶺表錄異記」の言っているのは――間違いなく斧足綱カキ目イタヤガイ亜目イタヤガイ科ツキヒガイ
Amusium japonicum japonicum であると同定出来るのである。現在の和名も、まさにここに述べられるように、表が夜の如く赤紫色を呈して暗く、裏が真昼のように真っ白であることから月日貝である。グーグル画像検索「Amusium japonicum japonicum」で確認されたい。『「本草」には悉に合はず』(「嶺表錄異記」と「本草綱目」のいう「海鏡」の解説が以下の、左右が合わさって初めて一つの形を成す(貝殻一方ではある想定される形の不完全な半分にしか見えない)・平たいという二点を除いて、合致しない)と益軒が不満を述べるのは尤もなことで、両者の記載は実は全く異なった貝を「海鏡」と呼んでいるからなのだと私は思うのである。
「嶺表錄異記」唐の劉恂(りゅうじゅん)撰の嶺南地方(中国南部の五嶺(南嶺山脈)よりも南の地方。現在の広東省・広西チワン族自治区・海南省の全域及び湖南省と江西省の一部を含む地方。嶺表ともいう)の地誌物産誌。]