生物學講話 丘淺次郎 第十章 雌雄の別 序
第十一章 雌雄の別
雌は卵を産む個體、雄とは精蟲を生ずる個體のことであるが、この兩者の相違の程度は動物の種類によつて著しく違ひ、一見して直に區別の出來る程の差別のあるものもあれば、また注意して調べても雌か雄か解かわからぬやうなものもある。動物園に入つて見ても、「くじやく」や鹿は遠方から雄か雌かわかるが、猿や犬は近づいて見なければ確にわからず、「さぎ」や鶴などは側まで來てもなかなか區別が出來ぬ。さらに他の動物を調べると、「なまこ」などの如くに外面からは素より、内部を解剖して見ても雌か雄かが容易にわからぬやうなものもあれば、またその反對に雌と雄とが餘り違ひ過ぎるので、誰も同一種類に屬するものと心附かぬ程のものもある。かくさまざまに違つた種類をなるべく數多く集め、雌雄の差の全くないものからその最も著しいものまで順を追うて竝べて見ると、動物の雌雄の別は、如何なる道筋を經て次第に進み來つたものであるか、大體の有樣を推知することが出來る。
雌雄の身體構造の相異なる個所を調べると、そのなかには卵と精蟲とを相合せしめることに直接に役に立つ部分と、間接にその目的を達せしめるためのものとがある。雄に精っ蟲を送り出す器官があり雌にこれを受け入れる裝置がある如きは、直接に役に立つ方であるが、この種の器官の發達は、卵と精蟲とが如何なる方法で相合するかによって大に違ふ。また特に鋭敏な感覺器を以て異性の所在を知り、美しい色や好い聲を以て異性を引き寄せる仕掛けは、同じ目的のための間接の方便であるが、これは神經系の發達に伴ふことで、最下等の動物では餘り見られぬ。その他、子を保護し育てる動物では雌と雄との役目が違ひ、隨て身體にもこれに準じた相違がある。獸類の牝のみに乳房が大きく、「たつのおとしご」の雄のみに腹に袋がある如きはその例であるが、これは受精の結果を完全ならしめるための補助器官で、子を産み放しにする動物には決してない。
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