橋本多佳子句集「紅絲」 炉火
炉火
風邪髪の櫛をきらへり人嫌ふ
風邪髪に冷き櫛をあてにけり
つひに来ず炉火より熱(あつ)き釘ひらふ
泣きしあとわが白息の豊かなる
[やぶちゃん注:「白息」は「しらいき」と訓じているか。]
心見せまじくもの云へば息白し
渦巻く炉火ともすれば意志さらはるゝ
許したししづかに靜かに白息吐(は)く
いぶり炭悲しくてつい焰立つ
激しき心すでに去りたる炉火の前
死ぬ日いつか在りいま牡丹雪降る
忘られし冬帽きのふもけふも黒し
鶏しめる男に雪が殺到す
鶏の臓剝してぬくし雪ふりをり
[やぶちゃん注:上五は「けいのわた」と読んでいよう。後に「河豚の臓(わた)」とルビが出る。]
鶏の血の垂りて器に凍むたゞこれのみ
咳が出て咳が出て羽毛毟りゐる
毟りたる一羽(は)の羽毛寒月下
寒月に焚火ひとひらづゝのぼる

